監訳者の序


 校内暴力をはじめさまざまな青少年暴力事件は以前からしばしばみられたが、近年この年齢層の若者が地域で引き起こしたいくつかの事件はその動機、殺傷の方法や事件の経過が一般人の理解を超えており、社会の大きな関心を集めている。しかしながら、暴力事件の多発は日本ばかりではなく、欧米先進諸国ですでにみられる現象であり、とりわけ米国においてはその規模と致死率においては群を抜いている。

 米国の青少年の凶悪犯罪は1983年から目立つようになり、1996年をピークにその後沈静化に向かっているようにみえる。しかし、本報告書によれば、一見沈静化しているようにみえるのは銃器の取り締まりの結果、致死的な事件が減少しただけであり、実際の暴力行為は一向減っていないとのことである。このことは問題の深刻さと対応の難しさを意味しており、今世紀初頭におけるもっとも重要な社会問題の1つであることを示している。

 表紙にあるように本報告書は2001年米国厚生長官(Surgeon General)により「青少年暴力」(Youth Violence)というタイトルで発表された。このような内容の報告書が公衆衛生サイドから発行されること自体、従来の個別専門セクターによるアプローチでは対応できないことを物語っており、今までと異なった手法が求められていることを示唆している。

 米国における青少年暴力の問題については従来司法当局はもちろんのこと、犯罪学、福祉学、社会学、心理学、神経科学などさまざまな分野において研究が展開され、活動が行われてきた。こと人の生命の危険および精神的な苦痛にかかわる問題に公衆衛生が関与しない理由はなく、それどころかいくつもの専門分野にわたる問題については公衆衛生は応用的・実用的分野であるだけに積極的リーダーシップをとるべきであるという自覚が米国厚生当局において過去数年間に醸成されてきた。こうした背景のもとに本報告書が作成されたのである。

 本報告書は従来の研究成果を科学的に評価し、評価に堪えうる論文を精選して個別的な結論を報告すると共に総合的な結論をまとめたいわば「根拠に基づく」政策研究の総まとめである。青少年暴力の成因についてばかりでなく、対策に向けた政策、活動プログラムについても評価を行っている。特に興味をひくのは善意で始めた政策、活動プログラムであってもなかには無効のものもあり、それどころかかえって有害なものもあるとの指摘である。有害な施策・プログラムに共通することは青少年に対し脅威を与えたり、懲罰的な内容のものである。研究者として傾聴すべき貴重な意見である。

 わが国の青少年暴力は米国とも文化が異なり、社会体制も異なるので本報告書のすべての結論がそのまま当てはまらないのは当然である。しかしながら、少なからずの部分の内容、分析の方法および考察のしかたなど参考となるところが多々あり、その意義を考えて本報告書の訳出を決意した次第である。関連分野の研究者ばかりでなく政策決定者、行政官、現場で活動している方々などなるべく多くの方に読んで頂けることを願って、翻訳は原文の表現に忠実であるよりもむしろ和文としての理解しやすさに重点をおいた。それでも読みにくい箇所を残す憾みがあろうかと思うがひとえに監訳者の責任であり、ご容赦願えれば幸いである。

 いずれにしても、青少年暴力に対してわが国でも一刻も速く有効な対策・活動を始める必要があることは論を待たない。それには科学的な根拠を持つ研究が活発に行われ、それを政策に乗せ、実施に移されることが期待される。国立公衆衛生院は今後研究・教育・情報の普及などできるだけの努力をするつもりであり、関係機関・関係各位から積極的な支援を頂ければ幸いである。
 
 文を閉じるにあたり、本報告書の翻訳に協力して頂いた院内多数の職員の労をねぎらいたい。とりわけ下訳のとりまとめにご尽力頂いた疫学部三砂ちづる主任研究官並びに及び議論のあった専門用語の訳出に貴重な助言を頂いた大井田隆公衆衛生行政学部長及び同部曽根智史室長に深甚な謝意を表したい。

                  国立公衆衛生院 院長 小林秀資
                  同保健統計人口学部長 林 謙治

                  平成14年1月20日

当報告書は、Youth Violence: A Report of the Surgeon Generalの翻訳である。
原文はhttp://www.surgeongeneral.gov/library/youthviolence/ のアドレスで、インターネットから読むことができる。
翻訳の文責は国立公衆衛生院にある。