No.17007 腸管侵入性大腸菌による集団食中毒

[ 詳細報告 ]

分野名:細菌性食中毒
登録日:2017/04/04
最終更新日:2018/03/22
衛研名:千葉県衛生研究所
発生地域:南房総市
事例発生日:2017/08/02
事例終息日:2017/08/16
発生規模:臨海学校に参加した102名(小学校の児童90名及び教員12名)
患者被害報告数:61名
死亡者数:0名
原因物質:腸管侵入性大腸菌
キーワード:腸管侵入性大腸菌、集団食中毒、臨海学校、小学校

背景:
腸管侵入性大腸菌(EIEC)は進化学的に赤痢菌に近い大腸菌である。EIECは病原因子としてipaH及びinvEを保有し、感染者の大腸粘膜に侵入することで、感染者は下痢、腹痛及び粘血便等の症状を示す。EIEC感染症は発展途上国でよく発生しているが、先進国では発生数が少ない。日本においては、EIEC感染症は海外渡航者による散発事例として確認される程度で、本菌による食中毒は殆ど報告されていない。

概要:
平成29年8月2日に南房総市の医療機関から「臨海学校(7/31~8/2)で南房総市内の宿泊施設を利用している東京都内の小学校の児童が発熱及び下痢等の症状を呈している」と管轄保健所に連絡があった。同日、管轄保健所による調査が開始され、当該施設を利用した小学校の児童90名及び教員12名の内、児童58名及び教員3名が発熱及び下痢等の症状を呈していることが判明した。患者に共通する食品は、当該施設が提供した食事に限られていた。また、患者及び従事者からEIECが分離・同定され、患者の症状はEIECの感染による症状と一致したことから、8月16日、管轄保健所は当該施設を原因とする集団食中毒と断定し、営業停止処分を行った。

原因究明:
臨海学校で提供された食事の検食及び施設の拭き取り検体からEIECは分離されなかったため、原因食品及び感染経路の特定には至らなかった。

診断:
「生化学的性状試験による大腸菌の同定」及び「遺伝子増幅反応による病原因子遺伝子の検出」の結果から、患者及び従業員から分離された菌株をEIECと同定した。

地研の対応:
管轄保健所の検査によって、患者及び従業員の便から分離された2菌株がEIECと同定された。その後、千葉県衛生研究所に搬入され、EIECであることが再確認された。さらに、千葉県衛生研究所において、パルスフィールドゲル電気泳動(PFGE)法を実施し、2菌株のEIECは同一クローンから発生したことが確認された。① 管轄保健所、② 千葉県衛生研究所、及び③ 東京都における詳細な対応は、以下のとおりである。
① 管轄保健所における対応
8月2日、南房総市の医療機関から連絡を受けた後、管轄保健所は直ちに疫学的調査を開始した。しかし、同日、臨海学校が終了し、患者は東京都へ帰宅する予定であったため、管轄保健所は、患者の検便及び聞き取り調査を実施できなかった。そこで、管轄保健所は、東京都に患者の検便及び聞き取り調査を依頼した。管轄保健所が入手できた検体は、患者由来の5検体(吐物4検体、便が付着した下着1検体)、検食5検体、拭き取り8検体及び従事者便12検体であった。管轄保健所では、これら検体から、本事例の原因と思われた細菌及びウイルスの分離・同定を試みた。
後日、東京都から千葉県に「患者便からEIECが分離・同定された」と情報提供があった。この情報を受けて、管轄保健所では、EIECの分離に絞って検査が続行された。検査の結果、患者便が付着した下着及び従事者便からEIECの2菌株が分離・同定された。
EIECの分離・同定に関する検査法及び結果は、以下のとおりである。検体をDHL寒天培地で直接培養した後、コロニーを掻き取り、Loop-mediated isothermal amplification assay(LAMP法)によりipaH遺伝子の検出を実施した。ipaH遺伝子が陽性となったDHL寒天培地については、培地上に発育した赤色のコロニーを釣菌し、TSI寒天培地及びLIM培地に接種して培養した。LIM培地で運動性が陰性を示した菌株について、TSI寒天培地上に発育した菌を用いてLAMP法によるipaH遺伝子の検出を実施した。ipaH遺伝子が陽性となった菌株の生化学的性状は、TSI寒天培地では、乳糖及び白糖分解であり、CH3COONa培地では、酢酸ナトリウム利用能があった。以上より、ipaH遺伝子を保有し、上述のTSI寒天培地及びLIM培地の性状を示した菌株をEIECと判断した。なお、これらEIECについて血清学的試験を実施したが、O型別不明であった。
② 千葉県衛生研究所における対応
管轄保健所においてEIECと同定された2菌株が、千葉県衛生研究所に搬入された。千葉県衛生研究所での検査の結果、TSI寒天培地、LIM培地及びCH3COONa培地における生化学的性状は、保健所の結果と一致した。Mannitol利用能についても検査を行ったところ、陽性であった。また、搬入された2菌株について、LAMP法によりipaH遺伝子の検出を実施したところ、ipaH遺伝子を保有していた。以上より、千葉県衛生研究所の検査においても、これら2菌株がEIECであることが再確認された。
千葉県衛生研究所では、2菌株のEIECについてPFGE法を実施した。その結果、これら菌株のバンドパターンの一致が確認された。以上より、2菌株のEIECは同一クローンから発生したことが明らかとなった。
③ 東京都での検査の結果
東京都健康安全研究センターでは、患者便49検体中44検体からEIECを分離・同定した。
なお、病原因子のipaH遺伝子を標的として、Real-time PCR法による検出が行われた。

行政の対応:
管轄保健所は、疫学的調査により、患者に共通する食品は、当該施設が提供した食事に限られていたことを明らかにした。また、患者及び従事者からEIECが分離・同定されたこと、患者の症状はEIECの感染による症状と一致したことから、管轄保健所は当該施設を原因とする集団食中毒と断定し、営業停止処分を行った。

地研間の連携:
千葉県衛生研究所は、東京都健康安全研究センターから、患者由来のEIECについて、分離培地での発育状況及び生化学的性状の情報提供を受けた。千葉県衛生研究所は、この情報を管轄保健所へ提供した。

国及び国研等との連携:
無し

事例の教訓・反省:
管轄保健所での原因微生物の検索中に、東京都から千葉県に「患者からEIECを分離・同定した」と情報提供があったことが、千葉県でのEIECの分離・同定に大きな助力となった。複数の自治体に及ぶ食中毒又は感染症事例の発生における自治体間での情報共有の重要性が示唆された。
一方で、海外・国内間における人の往来及び物資の流通が盛んになった最近では、日本に分布していない病原細菌が国内に持ち込まれることが予想される。海外から持ち込まれた病原細菌による食中毒及び感染症事例が発生することも念頭において、検査及び行政処分を行うことが大切である。

現在の状況:
千葉県では、保健所の検査によって、食中毒及び感染症事例における病原性細菌の分離・同定を行っている。千葉県衛生研究所では、保健所で分離・同定された菌株を再検査し、誤りがないか精査している。また、保健所では菌株を分離したが同定できなかった場合は、衛生研究所において詳細な検査を実施し、菌株の同定を行っている。さらに、保健所又は衛生研究所において同定された菌株について、衛生研究所では分子疫学的解析法を実施し、菌株間の同一性を確認している。

今後の課題:
本事例では、保健所において、LAMP法を用いてEIECの病原因子を検出した。一方で、Real-time PCR法はLAMP法と同程度の感度であり、LAMP法より検査費用が安い。今後、保健所において、Real-time PCR法を用いて病原因子を検出する体制を整備すれば、早期の危機管理体制をさらに増強することできると思われた。

問題点:
無し

関連資料:
Notomi T, Okayama H, Masubuchi H, Yonekawa T, Watanabe K, Amino N, Hase T. Loop-mediated isothermal amplification of DNA. Nucleic Acids Res. 2000; 28 (12): E63.