No.20006 埼玉県内で発生した同一遺伝子型の腸管出血性大腸菌O157による食中毒事例及び感染症事例

[ 詳細報告 ]

分野名:細菌性食中毒
衛研名:埼玉県衛生研究所
報告者:食品微生物担当 土井 りえ
事例終息:事例終息
事例発生日:2018/05/25
事例終息日:2018/06/08
発生地域:埼玉県 他
発生規模:
患者被害報告数:14名
死亡者数:0名
原因物質:腸管出血性大腸菌O157:H7(VT1,2)
キーワード:腸管出血性大腸菌O157、diffuse outbreak、野菜

概要:
埼玉県内の高齢者福祉施設Aから管轄保健所へ、「複数の入居者が胃腸炎を発症し、医療機関の検査で発症者のうち1名から腸管出血性大腸菌O157:H7(VT1,2)(以下,EHEC O157)が検出された」との通報があった。調査の結果、施設Aの入居者及び介護等職員53名中14名並びに夕食で提供されたサンチュの保存検食からEHEC O157が検出され、食中毒と断定された。また、施設Aの食中毒事例と同一の遺伝子型のEHEC O157患者の発生が、埼玉県、東京都、茨城県及び福島県で同時期に散発的に報告された。これらの散発事例の喫食調査及び食中毒事例のサンチュの流通経路の遡り調査により、サンチュによる広域食中毒であったことが強く疑われ、厚生労働省及び農林水産省により、衛生管理等の徹底について通知が発出された1, 3)。なお、埼玉県の6月8日の発症者(有症事例3)以降、同一遺伝子型のEHEC O157は報告されていない。

背景:
野菜を原因とする腸管出血性大腸菌食中毒は、これまでにも多数の事例が報告されているが、腸管出血性大腸菌の潜伏期間が2~7日と比較的長く、野菜の保存期間が短いことから、発生探知の時点で残品や食材がなく、食品の細菌検査を実施できないことも多い。このため広域的な散発事例であった場合、原因食品の特定に時間を要し、関連事例の把握が困難になることもある。本事例は初発が高齢者施設の給食施設であったため、検食から原因食品が特定され、関連事例が速やかに把握されたもので、埼玉県内で発生した事例及び経緯について記す。

地研の対応:
保健所の依頼に基づき各事例の患者、喫食者及び食品の食中毒原因検査、及び分離菌株のMultilocus variable-number tandem-repeat Analysis(MLVA)による遺伝子型別を実施。

行政の対応:
高齢者福祉施設Aに対し、食品衛生法第62条において準用する食品衛生法第55条に基づく給食停止の行政処分を行い、以下の指導を行った。
1. 生食用野菜の低温管理、洗浄消毒
2. 加熱調理時の中心温度測定
3. 冷蔵庫の温度管理、調理器具の洗浄消毒及び衛生的管理
4. 調理従事者の体調記録

原因究明:
1 食中毒事例
 2018年5月30日、埼玉県内の高齢者福祉施設Aから管轄保健所へ、複数の入居者が胃腸炎を発症し,医療機関の検査で発症者のうち1名からEHEC O157が検出されたとの通報及び感染症発生届の提出があり、管轄保健所で調査を行った。
 施設Aの発症者は入居者29名中9名、介護等職員18名中1名で、調理従事者6名の発症はなかった。発症日は5月25日から6月1日までの間で、発症者数のピークは5月27日であった。検便検査では入居者11名、介護等職員3名からEHEC O157が検出され、調理従事者はすべてEHEC O157不検出であった。保存検食では、5月21日夕食の付け合わせで提供されていたサンチュのみからEHEC O157が検出された。厨房内のふき取り検体は全て不検出であった。発症者全員が喫食していたのは当該施設が調理した5月21日の夕食のみで、各メニューの喫食状況は入居者が高齢等の理由から調査できず、不明であった。
 EHEC O157が検出されたサンチュは食材提供会社Bの提供食材の1つで、5月18日にパック詰めされた状態で施設に納入された。納入後は未開封で冷蔵保管され、5月21日夕食の鶏肉の味噌焼きの付け合わせとして提供されていた。調理工程の調査から、サンチュは流水による洗浄のみで塩素消毒等の殺菌はされておらず、未加熱で提供されていた。また、流通状況調査からこのサンチュは生産者Cが出荷したものを、卸業者Dを介して食材提供会社Bが仕入れ、施設Aに納入していた。

2 県内有症事例
(1)有症事例1
 食材提供会社Bが食中毒事例施設Aと同じ食材を提供した埼玉県内の高齢者福祉施設の事例で、厚生労働省発表事例1,2)の事案2にあたる。入居者1名が5月29日に発症し、EHEC O157が検出されたことから、感染症発生届が提出された。発症者の分離株が食中毒事例と同一の遺伝子型のEHEC O157であったため、喫食状況等の原因調査が行われた。サンチュは施設Aと同じ5月21日の夕食で提供され、入居者16名、施設職員14名が喫食していた。検便検査の結果、感染症発生届のあった発症者1名以外の入居者及び施設職員は全てEHEC O157不検出であった。なお、調査時に5月21日の保存検食は既に廃棄されていたため、食品検査は実施していない。また、サンチュの調理工程を確認したところ、熱湯によるサンチュの消毒処理を行っていた。
(2)有症事例2
 埼玉県内の焼き肉店を5月26日に利用した4名家族のうち、1名が5月30日に発症した事例で、厚生労働省発表事例1,2)の事案7である。当該発症者からEHEC O157が検出され、感染症発生届が提出された。また、発症者の分離株が食中毒事例と同一の遺伝子型のEHECであったことから喫食状況等の原因調査が行われた。発症者家族が利用した焼肉店は、サンチュ生産者Cから卸業者Dを介し、食中毒事例とは別ルートで流通していたサンチュを仕入れていた1)。発症者は当該店舗でサンチュを喫食していたが、一緒に喫食していた家族3名はEHEC O157不検出で、他の利用客(40~55名)に同様の発症はなかった。また、サンチュ生産者Cの別ロットのサンチュが店舗に保管されており、細菌検査を実施したが、EHEC O157は不検出であった。
(3)有症事例3
 県外の焼き肉屋を6月2日に利用した3名のうち2名が6月7日及び6月8日に発症し、この発症者2名からEHEC O157が検出された事例で、厚生労働省発表の事例1,2)には含まれていない。感染症発生届が提出され、発症者の分離株が食中毒事例と同一の遺伝子型のEHEC O157であったことから、喫食状況等の原因調査が行われた。発症者2名を含む3名は当該店舗でサンチュを喫食したことが確認された。しかし、卸業者及び当該店で食品ロット管理が行われておらず、当該店が提供したサンチュの生産者や出荷日等の詳細を特定することはできなかった。また、6月2日の当該店の利用客133名に同様の発症はなかった。発症者グループ3名は同じ職場であったことから、職場の接触者調査を行い、35名の検便検査を実施したが、他に発症者はなくEHEC O157も不検出であった。

診断:
1.食中毒事例については、以下のことからEHEC O157を原因とする食中毒と判断された。
(1)患者の共通食が当該施設の給食に限定されたこと
(2)患者便と5月21日夕食に提供されたサンチュから食中毒の原因となるEHEC O157が検出され、遺伝子型が一致したこと
(3)患者の主症状及び潜伏期間が腸管出血性大腸菌によるものと一致したこと
(4)患者の発症日が27日を中心とする一峰性の分布を示したこと
2.有症事例については、届け出のあった発症者以外の発症やEHEC O157の検出がなく、原因を特定することができなかった。

地研間の連携:
なし

国及び国研等との連携:
6月8日に厚生労働省、国立感染症研究所及び関連自治体により「腸管出血性大腸菌感染症・食中毒打ち合わせ等会議」が開催され、発生状況の情報共有、調査方法の調整がされた。

事例の教訓・反省:
小規模な高齢者施設では情報や人員が十分に行き渡らず、大量調理施設衛生管理マニュアルに準じた衛生管理を十分に行えていない状況が散見される。高齢者は発症すると重症化する可能性があることから、引き続き当マニュアルに沿った衛生管理の徹底を粘り強く指導していくことが必要だと感じた。また本事例では、探知事例で検食が保管されており、発症者と同一遺伝子型のEHEC O157が検食から検出できたことから原因食品が速やかに判明し、他の関連事例の把握及び発生防止対策に非常に有効に活用された。これらのことから、迅速な被害拡大防止対策を講じるためには、原因食品の確保及び特定が重要であることが改めて認識された。

現在の状況:
特になし

今後の課題:
腸管出血性大腸菌感染症は潜伏期間が長いため、原因食品の確保が困難な場合も多く、本報告においても食中毒事例以外の有症事例では原因食品を確保できていない。また、本事例であったような、メイン料理の付け合わせや焼肉の添え物などのサイドメニューは食事として見落とされがちである。腸管出血性大腸菌による食中毒等の原因調査にあたっては、迅速な原因菌の検出及び特定に加え、喫食食品の残品や参考品の確保、並びに効果的な疫学情報の収集が課題になると考えられた。

問題点:
特になし

関連資料:
1) 平成30年6月15日,プレスリリース,埼玉県、東京都、茨城県及び福島県から報告された同一の遺伝子型の腸管出血性大腸菌O157:H7による感染症・食中毒事案について(厚生労働省医薬・生活衛生局食品監視安全課); https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000212350.html,(最終閲覧2020年11月11日)
2) 厚生労働省医薬・生活衛生局食品監視安全課食中毒被害情報管理室:埼玉県、東京都、茨城県及び福島県から報告された同一の遺伝子型の腸管出血性大腸菌O157:H7による感染症・食中毒事案について,病原微生物検出情報月報(IASR),40,74-75,2019
3) 平成30年6月15日, 30消安第1624号, 生産段階における葉物野菜の衛生管理の徹底について(農林水産省関係課長通知); https://www.maff.go.jp/j/press/syouan/nouan/180615.html,(最終閲覧2020年11月11日)

ページの先頭へ戻る