No.22005 焼肉店で発生した腸管出血性大腸菌O157食中毒事例

[ 詳細報告 ]
分野名:細菌性食中毒
衛研名:川崎市健康安全研究所
報告者: 小嶋 由香
事例終息:事例終息
事例発生日:2021/5/24
事例終息日:2021/6/7
発生地域:川崎市
発生規模:
患者被害報告数:5件
死亡者数:0件
原因物質:腸管出血性大腸菌O157
キーワード:腸管出血性大腸菌O157 デリバリー テイクアウト 焼肉

概要:
 2021年5月25日及び5月31日に,川崎市内医療機関から2件のEHEC O157感染症発生届が川崎市保健所高津支所(以下,支所)に提出された。2名(有症者)は別グループ(グループA,B)であったが、共通して利用している飲食店(焼肉店)で調理・提供された種類の異なる焼肉弁当をそれぞれ5月16日,5月21日に購入し,自宅で喫食していた。当該店(5月16~21日)におけるテイクアウト又はデリバリーの利用客44グループのうち,連絡先の判明した23グループに支所から健康状態の確認を行い,消化器症状を呈していることが新たに判明した2グループ2名(グループC,D)の検査を川崎市健康安全研究所で実施したところ,Cグループ1名の検便からEHEC O157が検出された。続けて,6月7日に市内医療機関からEHEC O157感染症発生届(有症)が提出され,調査の結果5月24日に当該店で焼肉定食を喫食していることが判明した(グループE)。有症者5名(5グループ)の症状は,下痢・血便・腹痛等の消化器症状であり,うち3名が入院していた。
 また,当該店からの参考食品やふき取り検査,調理従事者検便からは,同菌は検出されなかった。
 有症者5名には,当該店以外での共通喫食等はなく,4名の検便からは,反復配列多型解析(MLVA)法の結果が同一MLVAコンプレックス(21c005)のEHEC O157(VT1,VT2)が検出されたことから,当該店で調理・提供された食事を原因食品とする食中毒と断定した。

背景:
 今般の新型コロナウイルス感染症の流行拡大を受け,これまで客席での飲食物の提供を主に行っていた飲食店が,弁当などのテイクアウトやデリバリーといったサービスを新たに開始し,事業転換するケースが増えている。このような新しい営業形態の中、腸管出血性大腸菌O157による食中毒が発生したので報告する。

地研の対応:
 食中毒患者のうち4名の検便からEHEC O157が検出され,MLVA法で解析したところ,2種類のMLVA型(21m0039,21m0040)が確認された。この2種類のMLVA型(21m0039,21m0040)は、遺伝子座EHC-6のリピート数がそれぞれ「11」と「10」となり、異なっていた。しかし、他の遺伝子座のリピート数は同じであったことから、同一MLVAコンプレックス(21c005)に分類された。このことから、食中毒患者の検便から検出されたEHEC O157は同一株か近縁株と考えられた。
 また,グループAでは同居家族1名(無症状,焼肉弁当の喫食あり)の検便からEHEC O157が検出され,MLVA型も21m0040であったが,同居の食中毒患者との接触感染の可能性も考えられた。さらに,6月1日に届出のあったEHECO157感染症1名(有症,Fグループ)の検便由来株のMLVA型が21m0039であることが確認され,本事例との関係が強く疑われたが,当該店の利用有無については不明であった。
 上記以外では,国立感染症研究所と地衛研で共有しているMLVAリストに本食中毒事例と一致する型は令和4年3月末時点で報告されていない。

行政の対応:
 本食中毒の発生時,当該店では衛生管理計画書は作成されておらず,キムチの原材料となる白菜は,殺菌工程がなく,交差汚染防止策も不十分であった。このことから,支所では,再発防止の一環として,原材料や調理器具類の消毒等を工程管理として取り入れるよう参考となる手引書の説明を行い,キムチの製造方法の見直しについて指導した。
 令和3年6月からは,HACCPに沿った衛生管理が原則,全ての食品事業者に義務付けられているが,取り扱う食品や業態の特性等に応じた計画的な衛生管理の必要性をわかりやすく指導し,安全な食品の提供のための自主管理を向上させることの重要性が改めて認識された。

原因究明:
 食中毒患者5名に共通するメニューについて統計学的解析を実施したが,有意差は認められず,焼肉弁当については,食中毒患者自宅での長時間の常温放置等もなかった。
 食中毒患者が喫食した食品と同ロットの食品の残品は当該店になかったため,参考品として当該店に保管されていた食品(カルビ,ハラミ,ナムル,キムチ)を検査したが,いずれの検体からもEHECは検出されず,施設のふき取り検査及び調理従事者検便からも,同菌は検出されなかった。また,同ロットの食肉等の遡り調査を実施したが、同様苦情や関連情報はなかった。
 焼肉の加熱状況については,弁当は調理従事者が焦げ目のつく程度まで加熱調理をしていたこと,店内喫食の焼肉定食については,調理用と喫食用の箸等を区別した上で,十分に加熱して喫食していたことを聞き取り調査で確認した。食中毒患者5名の当該店利用日は異なる3日間に分布していることからも,焼肉が汚染されていた可能性は低いと考えられた。
 当該店では,野菜の洗浄シンクが食肉等に用いる器具類の洗浄シンクと隣接しており,シンクのほか,キムチ製造に使用したポリバケツ等の器具の消毒を実施していなかったこと等から,食肉等による交差汚染の可能性が考えられた。
さらに,キムチは約8日毎に製造しているため,最長7日間保存されるなど菌による汚染が長期間継続し,複数日に渡って食中毒患者が発生した可能性も考えられたが,最終的に汚染経路の特定には至らなかった。

診断:
なし

地研間の連携:
特になし

国及び国研等との連携:
特になし

事例の教訓・反省:
特になし

現在の状況:
なし

今後の課題:
 本事例では,オンライン注文・配達サイトからの予約客の連絡先や配達過程の温度管理等について,サイト運営者からの情報提供を得ることが困難であり,喫食者からの聞き取り調査が可能であったのは,当該店に直接予約した客のみであった。
 今後も,新しい生活様式の普及に伴い,食品業界においても多様なサービスが展開されると考えられるが,新たな業態における食中毒調査・処理を迅速・的確に行う上で,円滑な情報管理等の環境整備が望まれる。
 また,営業届出の対象となっていない「運搬」を担う個人事業主等の事業者やサービスを享受する消費者に正しい知識を普及し,適切な選択や行動を導く啓発も行政課題として一層重要となっている。
 本食中毒の発生時,当該店では衛生管理計画書は作成されておらず,キムチの原材料となる白菜は,殺菌工程がなく,交差汚染防止策も不十分であった。このことから,支所では,再発防止の一環として,原材料や調理器具類の消毒等を工程管理として取り入れるよう参考となる手引書の説明を行い,キムチの製造方法の見直しについて指導した。
 令和3年6月からは,HACCPに沿った衛生管理が原則,全ての食品事業者に義務付けられているが,取り扱う食品や業態の特性等に応じた計画的な衛生管理の必要性をわかりやすく指導し,安全な食品の提供のための自主管理を向上させることの重要性が改めて認識された。

問題点:
 オンライン注文・配達サイトからの予約客の連絡先や配達過程の温度管理等について,サイト運営者からの情報提供を得ることが困難であった。
 また、当該店では衛生管理計画書は作成されておらず,キムチの原材料となる白菜は,殺菌工程がなく,交差汚染防止策も不十分であった。

関連資料:
・2021年に分離された腸管出血性大腸菌のMLVA法による解析
(IASR Vol. 43 p108-109: 2022年5月号)
・テイクアウト等を利用するときのポイント
(消費者庁 News Release 令和2年7月1日)