IDESコラム vol.73 (令和5年11月28日)

参照元URL:https://www.mhlw.go.jp/haishin/u/l?p=M9RFVddX97-GbXWhY

IDESコラム vol. 74 「PHEM(フェム)フェローシップの仲間たちと米国CDCから学んだグローバル・ヘルス・セキュリティ (世界健康安全保障)の重要性」

感染症エクスプレス@厚労省 2023年11月29日

IDES養成プログラム6期生:内木場 紗奈

 今この原稿を書いている米国CDC(U.S. Centers for Disease Control and Prevention)の9階オフィスの窓の外には、紅や黄金色に美しく色づいた一面の森が広がっています。自然豊かな都市アトランタで過ごす日々もあと1週間。パンデミックの余波で、米国CDCでのリエゾン・オフィサー受け入れへの門戸が開かれるまで長い時間がかかりましたが(本IDESプログラムだけでなく、他の部署からの出向も一定期間停止となっていたところが多かったようです)、2022年12月についに海外派遣を受け入れていただけることとなりました。米国出向のこの1年間は、苦節2年半、待った甲斐があると心から思えるような貴重なものとなりました。リモートワークは引き続き行われているものの、多くの局面で対面業務が復活し、CDCのスタッフも久々の顔を合わせての交流を楽しんでいる様子です。

 米国CDCと聞いて私の脳内に浮かぶのは、リチャード・プレストン氏の小説「ホット・ゾーン」です。エボラ出血熱を題材としたこのノンフィクションでは、1980-90年代のUSAMRIID(アメリカ陸軍感染症医学研究所)とCDCを舞台に、オムニバス形式で、エボラ出血熱の病原体を突き止め制圧しようとする研究者たちの奮闘が迫真の筆致で描かれています。特に、家庭を持ち2児の母である女性の獣医師が主人公として活躍し、未知の病原体に逞しく立ち向かう姿は非常に魅力的で、30年前に出版された小説とは思えないほどです。IDES生の配属先はドライ部門でありウェットラボではないので、小説に出てくるような高度安全実験室に出入りすることはありませんが、それでも実際にCDCのメインキャンパス内を歩いていると、健康への脅威に様々な方法で対峙する研究者の密かな息吹のようなものが感じられます。

 私のリエゾン・オフィサーとしての任期は2022年12月から2023年11月までの1年間で、GHC(グローバルヘルスセンター)という国際保健を主業務とする部署に配属され、その間に複数の課をローテートさせていただきました。今回のコラムでは、その中でも特に思い出深い「PHEM(Public Health Emergency Management) Fellowship」についてご紹介します。

 PHEM fellowshipは米国CDCが提供する3ヶ月間の短期フェローシッププログラムで、主にCDCが地域オフィスやカントリーオフィス(※1)を持ちパートナーシップを築いている国々の保健スタッフを対象に、「公衆衛生危機管理に関するメソッド」の基礎~応用知識を教え、各国における実用化とキャパシティビルディングに貢献するものです。年に2回程度のコホートが実施されており、参加者はコホートごとに20~25名程度で、私が参加したのは2023年3月から5月にかけて実施されたコホート16(第16期)でした。フェローシップが2014年に開始されてから9年近くの間に、既に49ヶ国・223名のフェローが本プログラムを卒業しており、アラムナイとして国・地域で助け合える体制が築かれつつあります。本プログラムが魅力的なのは、日本国内のみでは機会を得るのが難しい公衆衛生危機管理の実践的教育を受けられるのはもちろんのこと、世界各国から訪れるミッドキャリアの公衆衛生人材(保健省や衛生研究所で勤務している政府職員が多いです)と仲良くなれること、そしてEMTA(Emergency Management Technical Assistant)と呼ばれるCDC職員とメンターシップを築き、今後も困ったら相談できる関係性を作れること…これらに尽きます。単発の教育機会を提供するだけではなく、継続的な関係性を各国と結ぶことで、危機対応(レスポンス)と準備(プリペアドネス)を世界全体で向上していこうという米国の意欲が見て取れます 3ヶ月の間、主にインシデント・マネジメント・システム(IMS)と呼ばれる緊急対応の指揮系統を体系的に学びつつ、EOC(危機管理室)のツアーや自治体の保健局の見学、危機対応時に現地派遣を行う即応チームの機能やイベントベースドサーベイランス機能についてのワークショップ、HHS/ASPR(米国保健省 戦略的準備対応管理局)スタッフによるMCM(Medical Countermeasures)に関する出張講義…そして最後の週は映画「Contagion」のシナリオを基にした机上演習が行われるなど盛り沢山の内容でした。
「Contagion」はニパウイルスをモチーフとした新興感染症が香港から広がり全世界を席捲する、という2011年公開のフィクション映画なのですが、プロットは綿密な取材に基づいてよく作り込まれており(実際にCDCも監修に関わっているそうです)、まるで10年後の世界を予見するような内容です。CDC内でロケされた場面もあり、見慣れた場所がスクリーンに映ると会場が大いに沸きました。参加者は全員がインシデント・マネジャーや広報オフィサーなどIMS内の役割を割り振られ、映画のあらすじの進行と共に迫真のロールプレイを行いました。
また日々の講義はディスカッションが主体なのですが、そこで交わされる同僚たちの熱い議論とそのレベルの高さには舌を巻きました。同僚たちの出身国はブルキナファソ、ウガンダ、ケニア、スワジランド、サウジアラビア、エジプト、ジョージア、モルドバ、インド、パキスタン、タイ、ベトナム、ブルネイ、日本の14ヶ国(合計21名)ですが、彼らがいかによくIHR(国際保健規則 ※2)のコンセプトを理解し、自国に堅牢な危機管理体制を敷くためのビジョンを明確に持てているか、感服するばかりです。そしてひとたび教室を出れば、毎週末のように遊びに出かけたり、ジェンガや物真似ゲームに興じたり、行き帰りのバスでドーナツを奪い合ったり…童心に戻ったかのように盛り上がれる良い仲間でもありました。

 CDCに来て間もない頃は、「CDCはアメリカ国民の利益のために存在している連邦政府機関なのに、PHEMフェローシップのように、どうして他の国の支援にこれだけの労力・人員・予算を割けるのだろうか?」と不思議に思っていました。しかし徐々にその理由がわかりました。彼らの中には、自国(アメリカ)のみならず、他国の公衆衛生対応キャパシティを向上させることが最終的に「国益になる」という確固とした認識があるのです。
グローバル・ヘルス・セキュリティ(世界健康安全保障)という概念はもともと、9.11のテロリズムの脅威を受けて立ち上がりそれが保健分野にも広がったものですが、このたびのパンデミックでも明らかになったように、健康に対する脅威というものは一つの国の努力だけでは対処しきれません。国の垣根を超えて、時には外交カードを切りながら協力していくことで、はじめて国民の健康を守ることができる。彼らはその信念に基づいて行動しているのだな、とCDCの同僚たちの働きぶりを見るにつけつくづく実感します。

 日本を外から眺めてみて初めて気付くことが多くありますが、特に「アジア太平洋地域の中で、また世界の中で、公衆衛生危機管理の文脈において日本が果たすべき役割とは何か?」という問題意識はこちらに来てから生まれ、常に頭から離れませんでした。アジア地域は生活習慣上、家禽との距離が近いこともあり、今後も新型インフルエンザ等の新興感染症の発祥の地となる可能性が高いといわれています。健康危機対策を行う上で、日本は地政学的に重要な場所に位置している…そしてアジア太平洋地域の枠組みを通して、パートナーとの連携を今後一層高めていくべきだということを、パンデミック後のこの世界で私たちは今一度よく認識する必要があります。
改めまして、公衆衛生研究・事業運営・情報発信のメッカである米国CDCで学べるという滅多にない機会を得られたことに感謝するとともに、今後もより多くの日本人研究者や政府関係者が、CDCを訪れてその実態を見学し、活発な意見交換を行っていけるよう願っています。

※1 2023年時点で米国CDCは全世界60ヶ国以上にカントリーオフィスと6つの地域オフィスを置き、それらを通じて地域でのグローバル・ヘルス戦略の展開やキャパシティビルディングを行っている。
※2 International Health Regulations:世界保健機関(WHO)憲章第21条に基づく国際規則。国際交通に与える影響を最小限に抑えつつ、疾病の国際的伝播を最大限防止することを目的としている。

参考資料

【写真】
サイト内リンク CDC外観
サイト内リンク PHEM_1
サイト内リンク PHEM_2
サイト内リンク PHEM_3
サイト内リンク PHEM_4

【参考資料】
・米国CDCホームページ
Emergency Management and Global Health Security - Public Health Emergency Management Fellowship
・厚生労働省ホームページ 世界健康安全保障イニシアティブ(GHSI)の活動について
(第18回厚生科学審議会健康危機管理部会 資料)

・「ホット・ゾーン(原題:The Hot Zone)」 リチャード・プレストン 著、高見浩 訳、早川書房、1994年
・「コンテイジョン(原題:Contagion)」 スティーブン・ソダーバーグ監督、2011年
(編集:鍋島 清香)

  • 当コラムの見解は執筆者の個人的な意見であり、厚生労働省の見解を示すものではありません。
  • IDES(Infectious Disease Emergency Specialist)は、厚生労働省で平成27年度からはじまったプログラムの中で養成される「感染症危機管理専門家」のことをいいます。

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公開日:2023年11月30日

カテゴリー: 医療安全