No.31 エイズ女性患者の発生

[ 詳細報告 ]
分野名:ウィルス性感染症
登録日:2016/03/17
最終更新日:2016/05/26
衛研名:神戸市環境保健研究所
発生地域:神戸市内在住の29才の女性
事例発生日:1987年1月17日(厚生省エイズサ-ベランス委員会で確定された日)
事例終息日:
発生規模:
患者被害報告数:
死亡者数:
原因物質:
キーワード:エイズ女性患者、エイズ防疫対策、エイズ検査、カリニ肺炎、STD

背景:

概要:
神戸市で女性エイズ患者が発生し、1987年1月17日厚生省エイズサ-ベランス委員会で「女性エイズ患者第1号」として確定された。
患者の概要は次の通りである。

1)患者・・・・女性、年齢29才、無職、未婚、神戸市在住
2)リスクファクタ-・・・・異性間性交(外国人等複数男性との性的接触あり)
3)現況・・・・入院中(病名:ニュ-モシスチス・カリニ肺炎)
4)症状等・・・・カリニ肺炎による呼吸困難、著しい疲労感、急激な体重減少、慢性下痢症HIV抗体陽性
5)発病・・・・1986年7月頃
6)確定診断・・・・1987年1月17日(厚生省エイズサ-ベランス委員会)

原因究明:
確定診断された日には、患者は口も利けないほどの重体で医師が筆談で事情を聞いたが詳細は不明であった。20日に死亡した。患者のプライバシ-の問題もあり詳細の原因究明と公開は困難を極める問題であった。
当時の新聞等の報道では、22才の頃から外国人船員と一時は同棲し、その後主に神戸市元町、三宮などの繁華街で外国人を含む多数の男性と性行為を続けていた。厚生省は船員は両性愛であったことを示唆する報告もあり、断定は出来ないがこの男性から感染した可能性が強いと見ていた。

診断:

地研の対応:
神戸市は、同日「神戸市エイズ防疫対策本部」(本部長;衛生局長)を設置。兵庫県と連携し、今後の対策を次の通り決定した。1)健康活動教育の充実、2)相談窓口体制の充実、3)検査体制の充実・強化、4)医療機関への協力要請
この方針に基づき、神戸市内の検査は環境保健研究所が実施することとした。検査は、予研外来性ウィルス室編の[AIDSウィルス検査マニュアル」(昭和61年7月)に基づき、スク-リングはELISA法で、確認検査はウエスタンブロット法で実施し、さらに鳥取大学の栗村教授に依頼し再確認することとした。そのため、直ちに検査機器及び試薬の確保を図り、1月18日から検体の受け入れを開始した。これまでは、兵庫県内のエイズ検査は兵庫県衛生研究所で実施していたが、検査希望者が多く対応できないため、当研究所は18日に機器を導入し、22日から検査を開始した。
この患者は、1月20日未明死亡したがその反響は当地のみならず全国的に強く、相談、検査に対するニ-ズは高まり保健所、医療機関、研究所はその対応に追われ続けた。
1月18日~2月17日の1カ月の相談件数は10,771人(男7,525人、女3,246人)、検査件数4,373人(男3,343人、女1,030人)であり、電話による問い合わせは、神戸市の保健所、本庁を含め108,463件であった。

行政の対応:
確定診断がなされた同日(1月17日)「神戸市エイズ対策本部」が設置された。総務班、保健班、医務班、検査班から構成され、役割分担を明確にした。
市民に正しい知識の普及に努めることを最重点に、エイズ予防のリ-フレットや冊子を作成し保健所を窓口に広く配布し、市民の不安に応えるために保健所に相談窓口を設置し、電話による相談にも対応する体制を整えた。さらに、相談来所者のなかで検査が必要なものから採血し、市民病院でも常時希望者から採血し検査を実施することとした。
具体的な対策方針は次の通りであった。
1) 相談窓口体制の確立・・・・全保健所及び本庁保健課で18日から相談開始(休日も)
2) 検査体制の確立・・・・各保健所で休日も含め検査受付実施(18日から)、中央市民病院でも通常診療受付時間に受付、環境保健研究所の検査体制整備、検査開始(22日から)
3) 健康教育活動・・・・エイズ予防パンフレット作成・配布、予防冊子の作成・配布、予防啓発ポスタ-の作成・配布、テレフォンサ-ビス、テレビ・ラジオの活用
4) 医療機関への協力要請・・・・医師会あて、各医療機関における相談・検査受付の依頼
5) 近隣府県市等への協力要請・・・・相談窓口・検査体制の整備要請等
6) 学術講演会の開催・・・・医師会・歯科医師会を対象
7) 関係営業者への衛生指導・・・・理・美容、公衆浴場、鍼灸、旅館等
8) エイズ防疫対策の法制化の要請(1月22日)
1月18日から2月17日までの1カ月のエイズ相談・検査受付状況は下記の通りである。
[資料参照]

地研間の連携:
兵庫県衛生研究所との間は、検査対象の分担などが行政主導で図られた。他の近畿の地研に対しては検査体制の整備等の要請が行政を通して行われた。研究所としての具体的な情報交換等は行われていない。

国及び国研等との連携:
国に対しては「エイズ防疫体制の法制化」について要請した。検査の確定診断は鳥取大学の栗村教授に依頼したが、国研とは特に連携はしなかった。

事例の教訓・反省:
当時、エイズ検査は研究所のメニュ-にはなく機器整備もされていなかった。しかし、研究者として問題意識は持っておりセミナ-などでエイズに関する学習は続けられ、検査に関しても調査はしていた。事例発生と同時(17日夕方)に、行政から検査は出来るのかとの問い合わせがあり、機器さえ整えば2~3日あれば対応は可能である旨返事した。その日の内に、必要な機器と試薬について報告した結果、翌日には契約完了しそれらが搬入された。数日のトレ-ニング後、22日から検査を開始した。日常的に今起こっている課題に対する学習や技術研修を行うことの重要性が再認識され、後日行政から素早い検査への対応について珍しく評価された事例であった。異性間性交渉による感染が強く疑われ、しかも不特定多数の男性との交渉が明らかになった初めてのケ-スであり社会的に大きな反響と衝撃を与えた事例であった。マスコミの報道は、患者のプライバシ-は無視され、患者の家族や関係者に対する強制的な検査を主張するなど問題は多かった。県と市の間でも検査の対象を巡って、プライバシ-の観点から意見の対立も生じた。県は「患者と接触した可能性のある人には速やかに協力を依頼し、検査をするべきだ」とし、市は「患者をめぐる人たちの実態もつかめていないのに、患者の身辺調査を強行し、限られた人に検査をすると、患者のプライバシ-は守れない」と主張した。後に、社会的にも大きな議論となった。基本的には、市の立場を支持した。伝染病予防法が全面見直しされている今、あらためて人権・プライバシ-保護は最優先されなければならないことを教えている。

現在の状況:

今後の課題:

問題点:

関連資料: