No.53 「花と鳥の展示施設」において集団発生したオウム病

[ 詳細報告 ]
分野名:細菌性感染症
登録日:2016/03/17
最終更新日:2016/05/26
衛研名:島根県保健環境科学研究所
発生地域:島根県M市
事例発生日:2001年1月
事例終息日:2002年1月
発生規模:
患者被害報告数:患者数17名(施設職員5名,来園者12名)
死亡者数:0名
原因物質:Chlamydophila (Chlamydia) psittaci(C. ps)
キーワード:オウム病、C. ps、集団発生、花と鳥の展示施設

背景:
オウム病はC. psを病原体とする人獣共通感染症で、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」において4類感染症に指定され、全数把握疾患となっている。1999年4月同法施行以後、全国で同年(4月~12月)に23例、2000年に18例、2001年に36例(本集団発生の患者1例含む)のオウム病の患者発生が報告されているが、わが国におけるオウム病の集団発生は今まで報告がなかった。しかし、2001年6月に神奈川県内の動物園においてヘラジカから職員5名が感染・発症した事例に続いて、本集団発生事例が起こった。

概要:
1) 施設概要
この施設は2001年7月、島根県M市内に同市が開設した。花と鳥約1,300羽を屋外及び屋内施設で飼育・展示していた。開園以来の入場者は2002年1月16日(施設一部閉鎖)までに一日平均1,600人、合計約28万5千人であった。鳥は屋外の展示施設に約半数、屋内の展示施設に約半数が展示されていた。屋内展示施設はエントランス(E)と花の展示施設(C)、温帯鳥の温室(W)、熱帯鳥の温室(T,P)があった。Eでは、ガラスケージ内でのフクロウの展示、Cではフクロウの飛行ショー、Wでは水鳥が自由に移動しているところを来園者が通過する形態の展示方法、Tではオオハシ類等のガラスケージ内での展示の他、オウム類の繋留展示や人工水路での展示、Pでは来園者が自由に鳥へ給餌が出来る展示形態であった。また、職員のみが出入りする施設(BY,S)があり、BYは展示鳥の待機施設で、Pとは金網のみで仕切られている一体空間の施設であった。Sは2階建てで2階が職員の控え室、1階が鳥の餌を作る施設であった。
2)患者の発生概要
(1) 症例の定義
「当該施設の関係者及び入園歴のあった者で、且つ感染症法によるオウム病の届出があった症例」但し、C.ps感染の確認はCF抗体価がぺア血清にて4倍以上の上昇、もしくはシングル血清にて32倍以上。または、IF抗体価がペア血清でIgGあるいはIgAの4倍以上の上昇、もしくはシングル血清でIgGが512倍以上あるいはIgMが32倍以上。
(2) 患者の発生状況
施設職員の患者は5名で2001年12月8~20日に発症しており、すべて女性であった。年齢は20~54歳、すべて鳥の飼育・管理を担当する職員であった。
来園者の患者は12名で島根県6名、広島県4名、大阪府2名であった。その内男性3名、
女性9名、年齢は31~86歳であった。来園患者発症日は2001年11月16日~2002年1月
9日にわたっていた。また、来園患者の直近の来園日は2001年11月4日~12月15日であ
ったが、その内2名は12月14日に、6名は12月15日に来園していた。

原因究明:
当該施設には開園当初から常駐する獣医師が不在のため、日常の鳥の健康管理や病鳥の治療・隔離が不十分であった。また、外部からの移入鳥の適切な検疫が行なわれていなったことに加え、鳥が個体識別されておらず、C. psを蔓延させる背景が元々潜在していた。
次に、気温保持の必要性のある熱帯鳥を展示しているために11月中旬以降から施設内の窓を閉め閉鎖系となった可能性があり、さらに室内循環型の空調や大型除湿機の使用、高圧洗浄機を使用した清掃方法等々によりC.psが施設内に拡散・滞留したと考えられた。事実、来園者の患者12名はすべての施設を見学したものの、その内5名は鳥を全く触っていなかったことから、少なくともこの5名は施設内に存在するC. psを吸入し感染したものと推察された。
また、協力が得られた当該施設職員93名についてC. psmicro-IF抗体検査を実施したところ、患者以外に8名の血清学的急性感染者(内6名は無症状、2名はインフルエンザ様症状があった)が判明した。併せて、勤務場所等のアンケート調査による後ろ向きコホート研究を行なったところ、C. psの感染リスクはS1階への立ち入りのみが有意となった。
(RR:3.49,95%信頼区間:1.02-11.93) これは、当該施設に病鳥を治療及び隔離する施設が無く、病鳥の飼育を主にS1階で行なっていたためと推察された。
一方、感染源調査のため2002年1月下旬~2月上旬にかけて当該施設内の鳥の落下糞便、総排泄腔スワブ、土や水等の環境検体のサンプリングを行い、PCR-RFLP法にてC. ps遺伝子の検出を試みた。結果、落下糞便125検体中Tから8検体、BYから3検体C. ps遺伝子を検出した。C.ps遺伝子が検出された検体は開園当初からいた鳥のケージ内や他施設から移入した鳥のケージ内の落下糞もあった。また、総排泄腔スワブ252検体中10検体の鳥からC.ps遺伝子が検出された。水や土等の環境検体からC.ps遺伝子は検出されなかった。さらに、C. ps遺伝子が検出された鳥9検体について、主要外膜蛋白(MOMP)遺伝子の塩基配列と推定アミノ酸配列を決定したところ、すべてがほぼ一致していた。また、C. ps標準株(6BC)や国内分離株のMOMP遺伝子の塩基配列を比較したところ、14~18塩基対の相違があり、大きく異なっていた。
しかしながら、C. ps検出株の病原性や薬剤耐性等の解析、そしてどこからもたらされたかは現在も調査中である。
なお、患者からC. psの分離及び検出はできなかった。

診断:

地研の対応:
保健所が行なう実地疫学調査の中での病原体検査を担当し、さらにM市が設置したオウム病調査委員会に参画し、感染源の究明に係る調査協力を行なっている。

行政の対応:
2001年12月28日、M市内の医療機関から当該施設の関係者がオウム病の疑いであるとの報告を受けた所轄保健所は、直ちに当該施設へ立ち入り調査を開始した。また、医療機関及び一般住民へ情報提供するとともに、国立感染症研究所(感染研)実地疫学専門養成コース(FETP)の協力を得、本事例における原因究明のための実地疫学調査を行なった。
一方、当該施設を開設したM市も住民への情報提供を行い、一般相談窓口を開設するとともに、オウム病の専門家10名で構成するオウム病調査委員会を設置し、原因究明にかかわる調査を行なった。

地研間の連携:

国及び国研等との連携:
実地疫学調査においては国立感染症研究所FETPの現地協力を得た。また、感染源の究明調査に関しては感染研ウイルス第一部リケッチア・クラミジア室および岐阜大学農学部家畜微生物学教室の協力を得ている。特に、感染研からはC. ps遺伝子検出に係るPCR-RFLP法の手技や文献等の情報を得た。さらに、感染研へはC. psmicro-IF抗体検査やC. ps遺伝子検出株の遺伝子解析を依頼した他、免疫学的解析についても実施頂いている。
尚、感染研及び岐阜大学ともM市が設置したオウム病調査委員会に参画している。

事例の教訓・反省:
今回は当該施設側のオウム病に対する認識の甘さと予防対策の不足により、このような集団発生となった。しかし、当該施設に対する行政指導がオウム病発生後の事後型ではなく、発生予防の見地からすれば事前型(開園時)の対応が必要であった。

現在の状況:
2002年2~3月にかけて屋内展示施設全鳥にテトラサイクリン系抗生物質を投与した後、C.ps遺伝子を検出した鳥の陰性化を確認した。また、施設内を塩素消毒した後の土等についてもC. psの陰性を確認した。なお、鳥については、投薬を終了して4~6カ月後にも屋内施設全鳥の約20%について検査を実施し、C. psの陰性を確認している。
一方、常駐獣医師の配置や施設の改修等々、C. psが施設内に蔓延、拡散、滞留した諸々要因について改善がなされ、人への感染リスクを無くすための諸対策が実施されている。
また、オウム病に限ることなく疾病の集団的発生を探知するために、施設職員や来園者、施設鳥の情報を集約した日常的サーベイランスを実施している。さらに、関係者一同がオウム病の再発防止に日々ご尽力されており、その後の新たな患者発生はない。
なお、当該施設は2002年4月にほぼ全面再開している。

今後の課題:
わが国において、動物園のみならず学校や一般家庭でもオウムやインコ類が沢山飼われている中で、その何%かの鳥はC. psを保有していると思われる。勿論、野鳥も何%かはC. psを保有しており、これら全ての鳥からC. psを排除することは不可能である。しかし、これが直ちに人へ感染し、オウム病を発症させると考えることは非常に短絡的と思われる。オウム病の正しい知識を持ち、鳥の健康管理や適切な飼育方法、さらに過度な鳥との接触がなければ、人への感染リスクをゼロには出来ないものの、疾病のコントロールは可能と考える。鳥は様々な癒しを私達人間に与え、学校等においては子供たちへの教育的な価値(命の大切さ等)を有している。さらに、動物園の色々な機能等も鑑みると、鳥はとても有益で、貴重な存在と言える。それ故、オウム病のコントロールのためには、それぞれの分野における専門家[医学、獣医学、微生物学、疫学、検疫、動物園、保健、行政(特に健康危機管理行政)等々]の活躍・役割が益々期待されていると考える。

問題点:

関連資料:
病原微生物検出情報(IASR)Vol. 23 No.10(No.272), 1-7, 2002.10