No.102 富山県で最初のつつが虫病発生

[ 詳細報告 ]
分野名:リケッチア感染症
登録日:2016/03/17
最終更新日:2016/05/26
衛研名:富山県衛生研究所
発生地域:富山県東部の黒部市、入善町(黒部川扇状地)
事例発生日:1978年
事例終息日:
発生規模:
患者被害報告数:推定患者数:11名
死亡者数:0名
原因物質:Orientia tsutsugamushiを保有するタテツツガムシとフトゲツツガムシ
キーワード:リケッチア、ツツガムシ、熱性発疹性疾患、刺し口、蛍光抗体法、Or. tsutsugamushi

背景:
日本におけるつつが虫病は、古くから新潟、秋田、山形県などの河川流域に発生し、致命率の高い疾患として恐れられてきた。つつが虫病はアカツツガムシが媒介する古典型つつが虫病と、他のツツガムシ(タテツツガムシ、フトゲツツガムシ)が媒介する新型つつが虫病との二つに大別される。本病の届出患者数をみると、過去には古典型つつが虫病を主体として多くの患者がみられたものの、昭和39年以降減少し、その後10年間は毎年10程度の発生がみられたにすぎない。しかし、昭和51年以後、古典型の患者が毎年10名前後であるのに比べ、新型患者の発生数は毎年増加し、昭和58年には過去最高の661名の発生をみるに至った。また、患者発生地域も広がり、これまでに患者発生のみられなかった地域からも患者発生が報告されるようになった。

概要:
このような全国の状況の中で、富山県でも昭和52年の10-11月にかけて県東部の黒部市と入善町において5名の発熱、発疹、リンパ節腫脹の症状を持つ患者が報告され、翌昭和53年(10-11月)にも上記の症状を持つ11名の患者が同地域に発生し、このうち8名の患者血清が研究所に搬入された。直ちにこの血清を用いてワイルフレックス(WF)反応を行ったところ、6名の患者がOXK抗原にのみ有意な抗体上昇を示し、これらの患者がつつが虫病である可能性が強く示唆された。そこで、8名の患者血清を国立予防衛生研究所(現感染研)と医科学研究所に送付し、血清学的な診断を依頼した。予研では補体結合反応で、医科研では蛍光抗体法でそれぞれ血清反応を行い、8名の患者すべてがつつが虫病患者と診断された。これにより、富山県においてはじめてつつが虫病の存在が確認された。以後、富山県でのつつが虫病患者数は現在まで211名に昇っている。

原因究明:
ツツガムシの種類、その分布、患者および野鼠に感染したOtの血清型の型別成績、患者からの聞き取り調査などを総合すると、患者の大多数は人家の周辺に生息するタテツツガムシの刺咬により、Kawasaki型のOtに感染していることが、また、ごく小数の患者は河川敷や山脚部に多数生息するフトゲツツガムシの刺咬によりkarp型の感染を受けていることが明かとなった。つつが虫病の場合は早期診断、早期治療が望まれている。蛍光抗体法または酵素抗体法で患者のペア血清の抗体価を測定すれば100%診断できる。この場合、発病後診断確定までに最短10-14日間は必要である。また、発病後5-10日目の血中IgM抗体を測定する事によって診断を更に早めることが可能である。

診断:

地研の対応:
昭和53年当時、地研において、リケッチア症の血清診断はWF反応で行われていた。しかしながら前記したごとく、WF反応は信頼性があまり高くない診断法であることが明らかになったので、新しい診断法を開発するため新潟大学医学部細菌学教室より、マウス継代のOr. tsutsugamushi(Ot)株(Kato、Karp、Gilliam)の分与を受けた。分与当初は、Ot感染発症マウスの腹膜内皮細胞をスライドグラスに塗抹したものを抗原として蛍光抗体法で患者抗体価を測定していたが、抗原量にばらつきがあり、多くの視野を見るため判定に長時間を要した。そこで、Ot感染マウスの脾臓細胞とL細胞を重層培養することにより、OtのL細胞による継代に成功した。このOt感染L細胞を抗原とする新しい蛍光抗体法を確立した。
新しい診断法を開発する一方で、患者発生の背景を明らかにするために患者宅および感染推定地周辺で野鼠の捕獲を行い、野鼠に付着しているツツガムシの種類、野鼠のOt感染状況の調査を行った。

行政の対応:
県厚生部の担当課は県民および医師に注意を喚起するためにつつが虫病発生についての新聞発表を行った(この新聞発表は毎年最初の患者が確定された時点で現在に至るまで行われている)。一方、患者発生地の市、町では保健所の指導下でつつが虫病に関するチラシを作成して住民に配布するほか、ツツガムシ幼虫の発生時期(10-11月)には宣伝車を出して農作業している住民に注意を喚起した(現在も継続)。また、厚生部の担当課は、研究所からの要請に応じて、患者および担当医からの聞き取り調査のためのマニュアルを作成し、県下の保健所に配布した。

地研間の連携:
昭和57年5月に石川県でつつが虫病を疑う患者が発生した。当研究所に血清診断を依頼されたので検査を行ったところ、つつが虫病患者であった。この患者が石川県での最初の患者である。それから一か月後、岐阜県の産婦人科医から熱性、発疹性疾患で死亡した娘(20歳)の血清を送付するからつつが虫病かどうか診断してほしいという依頼があった。送付されて来た血清を検査したところ、いずれの抗原対しても高いIgM抗体価を示し、特に、Karp抗原に対しては他の抗原に対するよりも4倍高い1,0240倍の抗体価を示し、つつが虫病患者であることを確定した。この患者が岐阜県での最初の患者であった。医師の手紙によれば、石川県でつつが虫病を診断した医師と自分は知人であり、その医師からつつが虫病の症状を聞いたところ、自分の娘も全く同じ症状だったので、死亡後であったが血清を探して送付したとのことである。この死亡例が新聞に報道されると、岐阜県内は一時的にパニックになり、検査依頼が高まった。しかしながら、岐阜県では検査体制がまだ整っていなかったために少しの間、富山衛研で検査を引き受ける事になった。2か月後、当研究所に岐阜衛研の担当者が蛍光抗体法の研修に訪れ、研修後、抗原を持ち帰り、検査体制を整えた。その後、愛知衛研、名古屋市衛研、福井公衛研の担当者も研修に訪れ、抗原を持ち帰って血清診断の検査体制を整えた。

国及び国研等との連携:
前記したごとく、昭和53年12月に“発熱、発疹、リンパ節腫脹”を伴う患者血清を感染研(予研)に送付し、血清診断を依頼した。そして、富山県において初めてつつが虫病患者の存在が確認された。その後、全国各地で患者が発生し、各地研から検査法の標準化が要望されるようになった。そこで、厚生省と地研全国協議会はレファレンスシステム研究班を設け、つつが虫病検査法のマニュアル作成し、地研に配布した(昭和60年)。

事例の教訓・反省:
地研と行政との密接な連携により、患者発生の背景を解明するための有毒ツツガムシの分布等の調査、研究を継続することができた。その成果は学会、衛生微生物協議会、研究会で数多く報告された。同様の成果は管轄保健所にも報告されていたが、これらの情報により、患者数を減少させるには至らなかった。

現在の状況:
患者初発地の黒部川扇状地では患者が確認されて以来、今日まで10名前後の患者の発生は継続している。しかしながら、早期診断、治療がなされているために死亡例は一例もない。最近ではPCR法の導入によって、これまでよりも更に早く診断が可能になり、また、患者に感染したOtの型別も出来るようになった。

今後の課題:
これまでにかなりの時間と労力を費やして有毒ツツガムシの分布などの疫学調査を行ってきた。そして、その情報を患者発生地住民に還元し、住民の感染予防に勤めてきたが、大きな成果を上げることは出来なかった。このことから、つつが虫病を予防するには、ワクチン開発が必要であることを痛感しているところである。Ot感染の防御には細胞性免疫が主役なので、有効な弱毒ワクチンの開発が望まれる。

問題点:

関連資料:
富山県におけるつつが虫病富山県厚生部公衆衛生課(1982)