No.137 三重県志摩地方を中心に多発したパラチフス

[ 詳細報告 ]
分野名:細菌性食中毒
登録日:2016/03/17
最終更新日:2016/05/26
衛研名:三重県科学技術振興センター衛生研究所
発生地域:三重県志摩地方を中心に1府5県
事例発生日:1993年11月
事例終息日:1994年1月
発生規模:
患者被害報告数:27名
死亡者数:0名
原因物質:Salmonella Paratyphi A
キーワード:パラチフス,特定民宿,集団発生,S. Paratyphi A,ファージ型2,ファージ型1,生ガキ,生食,漁港に係留,漁港海底泥

背景:
我国では,近年パラチフス患者の発生は減少してきており年間の患者発生は数10名程度である。この理由として,各種抗生物質の開発,普及,上下水道,浄化槽等生活環境の整備,衛生思想の普及ならびに啓蒙,食品取扱い業者の衛生対策の徹底等があげられる。しかしながら,時として狭い地域や団体等で小規模ながら集団発生している。この原因としては,単独またはグループでタイ,インドネシア,フィリピン等東南アジア方面への旅行中に現地で食事や飲料水等から感染し帰国後発症したり,これらの人々や長期保菌者からの2次感染が考えられる。さらに、Salmonella Paratyphi AS. Paratyphi A)に汚染された海域で捕獲された魚介類の生食による場合,患者や保菌者宅の屎尿処理施設からの放流水に菌が混入し,これに汚染された生水の飲用によることも考えられる。したがって,本病が発生したら患者,家族,接触者からの菌検索に加え,環境調査を含む疫学的調査により感染源検索を行うことが感染フォーカスを減らすことにつながってくると思われる。細菌感染症の場合,感染源や感染経路等を調査するためには血清型,薬剤耐性パターン,プラスミドプロファイル,ファージ型(PT)等があるが,S. Paratyphi Aの場合,PTに高い特異性があるため一般的に多く用いられている。日本国内で感染した患者から分離されるS. Paratyphi AのPTは,大部分が1であるが,タイ,インドネシア等東南アジアで分離される菌では2が多い。

概要:
1993年12月14日大阪府から三重県保健環境部に1993年11月13日に三重県志摩地方にあるK及びUといった2軒の民宿を利用した4名がパラチフスと診定されたとの通報が入った。そこで,三重県でもこれらの民宿利用者を中心に患者の発生状況調査を始めた矢先,同年11月21日に民宿Uで食事をした津市内の主婦もパラチフスと診定された。その後,同年11月~1994年1月に民宿Kで宿泊や食事を行った57団体564名中21名もS. ParatyphiA に感染していた。一方,民宿Uでは,この間39団体262名が利用していたが,患者は大阪府の男性1名及び三重県津市の主婦1名の計2名のみであった。すなわち,K及びU両民宿を利用した96団体826名中26名がパラチフスと診定された。患者の主症状は,発熱,悪寒,全身倦怠感等で血液からS. Paratyphi Aが分離されている。これらの中には46日間以上排菌が証明された患者や一旦治癒後再発症した事例もあった。このほか,下痢を伴う者もあり,これらの患者では便からも菌が分離された。これら患者の居住地は,三重県16名,大阪府5名,静岡県2名,兵庫,愛知,山口各県が1名ずつで1府5県に及んだ。民宿を利用した患者の総てが殻付き生ガキを喫食していた。このほか,KまたはUいずれの民宿も利用していない地元の漁業者1名も1994年1月20日パラチフスと診定された。彼は,自分で捕獲した魚介類を喫食する直前まで民宿の生ガキの近くに係留していた。
民宿K及びUでは,客に提供する魚介類,野菜,果物等食品は共同で仕入れ冷蔵庫等に保管していたが,殻付き生ガキは籠に入れて客に提供する直前まで付近の漁港に係留していた。両民宿の家族,従業員,出入り業者等53名の検便,調理場の拭取り検査ならびに残食品の検査合わせて44件,井戸水,浄化槽内容物検査を6回を行ったが,いずれからもS. ParatyphiA は分離されなかった。さらに,生ガキが係留されていた漁港ならびにその周辺海域の海水及び海底の泥を1993年12月から1994年3月まで計7回,この漁港へ流れ込んでいる排水溝6カ所を3回検査したところ,1994年1月13日に採取した生ガキが係留されていた付近の海底の泥1検体からS. Paratyphi Aが分離された。
民宿関連の患者26名中三重県の3名及び大阪府の1名からの分離菌は,PT1であったが,他の22名はPT2であった。さらに,地元の漁業者及び海底泥から分離された菌も共にPT2であった。

原因究明:
このような経緯で各種調査を実施し,患者の実体把握と原因究明を行った結果,三重県志摩地方を中心に発生したパラチフスの患者は,27名にも達した。患者の内訳は,三重県内在住者17名,それ以外10名の計27名に達した。このうち,1名は地元の漁業者でKまたはU民宿を利用していなかった。これら患者からの分離菌のPTは4名が1で,地元の漁業者を含め残り23名は総て2であった。また,民宿を利用した患者の総てが食事に提供された生ガキを喫食していた。その生ガキは,生食用無菌ガキとして仕入れたものを提供直前まで付近の漁港に係留していた。地元の漁業者も自分で捕獲した魚介類を喫食直前までカキが係留されていた付近に係留していた。この付近の海底の泥を1993年12月から計7回検査したところ,1994年1月13日に採取した検体からS. sp. Serovar Paratyphi Aが分離された。本菌のPTも2であった。また,ほとんどの患者由来菌と海底泥由来菌のパルスフィールド電気泳動像は,同一パターンを示した。
その他,民宿調理場の拭取り,残食品,従業員の検便,民宿の井戸水,浄化槽,排水溝,付近海域の海水等からはS. Paratyphi Aが分離されなかった。以上のことから生ガキが係留されていた付近の海底泥に何らかの理由で混入したS. Paratyphi Aが,そこに係留され
た生ガキや魚介類を汚染し,それを喫食した人々が感染したものと強く推測される。

診断:

地研の対応:
患者のS. Paratyphi A検査は罹った病院,患者家族,同僚等接触者からの聞き取り等疫学調査,菌検索は所轄保健所,K及びU民宿従業員,出入り業者,民宿調理場の拭取り,残食品,民宿の井戸水,浄化槽等からの検索及び必要事項の聞き取り調査は三重県志摩保健所で行った。海水,海底泥及び排水溝の検査は,三重県志摩保健所と三重県衛生研究所が合同または分担して行った。特に,海水や排水溝に菌が存在する場合,極めて少量と考えられるので海水は500倍に濃縮,排水溝にはガーゼタンポンを1週間放置して集菌後セレナイト培地で増菌培養した。これらの検査計画は関係機関で調整し,三重県衛生研究所が具体的な検査マニュアルを策定した。また,保健所や病院等で分離されたSalmonella sp.のO及びH型別は三重県衛生研究所で行った。

行政の対応:
1993年11月13日に三重県志摩地方にあるK及びUといった2軒の民宿を利用した4名がパラチフスと診定された旨大阪府から通報が入ったため,三重県保健環境部では伝染病関係担当主務課の保健予防課が,両民宿を利用した他の団体における患者存在の可否を県内の所轄保健所に調査を指示するとともに県外の利用者については当該府県の担当課を通じて照会した。さらに,食品衛生担当主務課の薬務食品環境課や環境担当主務課の環境安全政策課等ともプロジェクトを組み,それぞれの患者発生の都度,伝染病予防法,防疫対策要綱等に基づき,患者の隔離,患者の行動調査,喫食調査,接触者の調査,検便の実施,患者宅及び両民宿周辺の環境調査,民宿従業員等の行動調査,民宿における食事提供状況等一連の防疫活動を直接または所轄保健所ならびに三重県衛生研究所等と共に実施した。県外患者については,当該府県の担当課を通じ三重県で実施したのと同様の調査を依頼した。これらの調査結果は,その都度保健予防課を通じ厚生省へ報告した。

地研間の連携:
1989年1~4月に関東地方の神奈川,埼玉,東京各都県を中心に静岡,長野,愛知等各県に渡り広域的に発生したパラチフス(S. Paratyphi A,PT1)では,感染源や経路を特定するため関係都県を通じ患者の喫食調査や分離菌の疫学マーカー等の検査を実施した。その結果,宮城または岩手県産の生食用カキが原因であろうと強く推測したが,流通等の複雑化で特定までには至らなかった。今回の事例では,患者からの分離菌同定等では当該地研の協力等があったが,感染源や経路の特定については喫食場所である2軒の民宿や原因食品と強く推測された生ガキの産地が三重県のみであったため,他の地研と連携しなくても三重県衛生研究所が中心になって行うことが可能であった。本事例の概要については,国立予防衛生研究所等からの要望で1996年京都市で開催された衛生微生物技術協議会第17回研究会で報告した。

国及び国研等との連携:
患者ならびに保菌者発生状況,患者との接触者,下水,排水,海水等環境調査,食品検査状況等については,解明された時点で三重県保健環境部保健予防課を通じて逐次厚生省へ報告がなされた。特に患者発生時点でKやU民宿の利用客や患者は三重県内のみにとどまらず大阪府,愛知県,静岡県等にも及んだので,本県から当該県への依頼のほか,広域的に調査を行うため厚生省の指導や指示も受けた。感染源特定のためK及びU民宿周辺の環境調査ならびに調査方法を三重県衛生研究所で策定するに当たり国立感染症研究所細菌部に指導願うとともに協力を得た。また,患者等から分離されたS. Paratyphi Aのファージ型別,パルスフィールド電気泳動像等疫学マーカーの調査及び解析については国立予防衛生研究所(現国立感染症研究所)の協力を仰いだ。

事例の教訓・反省:
パラチフスは,例年全国で数10件の発生しかないが,今回の事例の患者は三重県志摩地方を中心に1府5県に渡る大規模なものであった。患者のほとんどが特定の民宿を利用していたこと,生ガキを喫食していること,その生ガキは喫食直前まで付近の漁港に係留されていたこと,カキが係留されていた直下海底の泥からS. Paratyphi Aが分離されたこと,生ガキが係留されていた場所に捕獲した魚介類を係留しそれを喫食した漁業者が感染したこと,患者及び海底泥から分離された菌のPTがほとんど2であったこと等から疫学的に感染源は生ガキと決定できた。また,PT2は日本土着の株でなく,タイ,インドネシア等東南アジアで分離される株であることから,この方面からの入国者または渡航者から排菌され,それが環境汚染しさらに食品を汚染したいうことが強く推定されたが,各業種の複雑な利害関係や所轄の三重県志摩保健所長の判断ミス等が重なりこれ以上の追求はできなかった。さらに,このような事例は終息したら,報告書を作製し雑誌等への公表によって今後の防疫活動に利用できるようにすることが行政に課せられた義務であることを三重県衛生研究所及び三重県保健予防課では十分認識し報告論文を作製したが,これも三重県志摩保健所長の拒否で発表できなかったことが残念である。

現在の状況:
これらが終息してから約1年後,この地域から約10km離れた地区で1名にパラチフスの発生があった。この患者由来菌のPTは2であったが,感染源が同一であったか否かは不明であった。その後,三重県でパラチフスは,1995年9月に鈴鹿市,1997年4月及び1998年1月に亀山市でそれぞれ1名づつの患者がでている。鈴鹿市の事例はPT3,亀山市の事例は共にPT1であった。本地域は,日本でも有数の観光地でテーマパーク等遊園施設も多く,海外からの労働者も多く働いている。したがって,彼らの中にキャリアが存在した場合,今回の事例のように今まで日本には存在しなかった型の伝染病原因菌に環境が汚染される危険性は十分ある。

今後の課題:
1) パラチフスやチフスが発生したときは,感染源や感染経路を特定するために,疫学マーカーとして特異性が高く有用とされているファージ型別を行うことが望ましい。
2) 疫学マーカーとして有用であるパルスフィールド電気泳動像の解析を行う必要がある。これについては,各地研とも概ね実施が可能であるが,一部の未実施地研に対しては国立感染症研究所で研修を行うべきである。
3) 1地域で今回のように大量発生した場合,関係機関の強い連携により,感染源や感染経路を追求すべきである。
4) 終息後,関連資料を整理し論文を作製し,雑誌に報告すべきである。
5) 防疫対策会議を行う時には,職制の上位の者に留まらず細菌や疫学担当者も加え総合的に検討すべきである。

問題点:

関連資料:
1) 杉山明,岩出義人,櫻井悠郎,松本正,寺嶋淳,中村明子:三重県志摩地方で大量発生したパラチフスとその疫学的解析,衛生微生物協議会第17回研究会講演要旨集,37, 1996.
2) 国立予防衛生研究所:パラチフスのまとめ,病原微生物検出情報,17, 1997.296-297