No.144 レジオネラ及び類縁菌による24時間風呂汚染

[ 詳細報告 ]
分野名:細菌性感染症
登録日:2016/03/17
最終更新日:2016/05/26
衛研名:大阪府立公衆衛生研究所
発生地域:大阪府
事例発生日:1996年12月
事例終息日:1997年2月
発生規模:
患者被害報告数:
死亡者数:
原因物質:L. pneumophila及び類縁菌
キーワード:土壌性細菌、レジオネラ肺炎、ポンテアック熱、エアロゾル、共生、24時間風呂

背景:
本菌が、病原体として登場したのは比較的新しく1976年のことである。アメリカのフィラデルフィア市のホテルで開かれた在郷軍人大会で重症の肺炎患者が発生した。参加した4,403人中182人が肺炎に罹り、29名が死亡した。その後の疫学調査でホテル前を通行していた39人も肺炎に罹り、うち5人が死亡していたことが判明した。ホテル内の患者発生とホテル前の通行人の肺炎発生状況が2峰性をとって、全く同じパターンを示していることから、両者は一つの感染源に起因する病原菌曝露によるものと推定された。その後の発生原因究明の疫学調査によって、本菌の生態が次第に明らかにされた。
1980年10月、我が国最初の散発症例が発生、報告され、行政側から予防対策確立の要請が寄せられていた。厚生省レジオネラ症研究班は1979年~1992年までのレジオネラ肺炎調査で89例の発生を確認している。最近の事例では1996年1月、新生児13人が、発熱などの症状を呈し、うち女児一人が肺炎で死亡した発生例があった。本例は大学病院の新生児病棟で発生したもので、原因菌としてL. pneumophilaが検出された。感染源は、給湯設備に混入したL. pneumophilaが適度な水温で増殖したものであるとされた。感染経路として、給湯水を使用していた加湿器、あるいは浴槽水からのL. pneumophilaを含んだエアロゾルを吸い込むことにより感染した可能性があると示唆された。このような事例は本邦に限らず、欧米諸国においても古くからあり、リケッチャ様病原体などの名称で報告されていたが、当時の細菌用培地では発育を確認できていなかった。
大阪府では、1982年からこのような発生事例に着目し、当研究所、保健所職員の研修と調査活動を目的とした研究部会を設け疫学調査を進めてきた。1987年から大阪府域の冷却塔水のレジオネラ属菌の生息状況調査を行った結果、98%の高率で本菌が検出された。このため本研究部会は、レジオネラ属菌の増殖と消長、消毒と清掃などの研究調査を行ってきた。また、建築確認時における事前審査要領を作成するなど予防対策確立のために活動を行ってきた。
L. pneumophila及び類縁菌は、冷却塔水、河川水などからも検出され、自然界に広く分布する土壌性の細菌であることが明らかになった。現在、L. pneumophila及び類縁菌は、40種に分類されている。
最近の研究で、本菌は、寄生性で単独では増殖できず、自然環境では、アメーバー類や細菌補食性原生動物に寄生し、食胞内で増殖することが判ってきた。これらは共生関係にあり、アメ-バーが検出されるところからは、レジオネラ属菌が高率で検出される傾向にある。
疾患として肺炎型(レジオネラ肺炎)と発熱を主徴とする非肺炎型(ポンティアック熱)の2病態がある。その中間に多数の移行型がある。肺炎型は、初期に発熱、倦怠感、筋肉痛、下痢などの全身症状がみられる。その後、数日内に39~41℃の高熱、乾いた咳、少量の痰、胸痛、呼吸困難といった呼吸器疾患特有の症状が現れる。一方、ポンティアック熱は、咳は殆どなく発熱、悪寒、倦怠感、頭痛など風邪と似た症状が現れるが、自然回復する。レジオネラ肺炎に罹る人は、慢性基礎疾患、あるいは免疫機能などが低下している人に発症率が高い。これらレジオネラ症を血清学的にみると、65%以上がL. pneumophila serogroup-1によって引き起こされている。

概要:
1998年12月、「いつでも入浴できる」ことを謳い文句とした一般家庭向け24時間風呂からレジオネラ属菌が検出されたとの報道がなされた。しかも70%以上という高い検出率であった。なかでも特に調査件数中11%が105CFU/100ml以上の菌濃度で、直ちに化学洗浄を必要するレベルであった。この24時間風呂は常時42℃に保温されている浴槽水を循環、濾過し、浄化する方式で、レジオネラ属菌は濾材に形成された生物膜に繁殖していた。調査結果が日本環境感染学会誌に掲載され、また、日本感染症学会においてもレジオネラ属菌と共生関係にあるアメーバーが24時間風呂に定着、増殖し、アメーバーが存在する場合には、レジオネラ属菌が高率で検出されたことが報告された。このため、通商産業省は24時間風呂浴槽水の細菌汚染にかかわる安全性について検討するため「24時間風呂衛生問題検討専門家会議」を開催し、同時に製造、販売業者に対して安全対策に関する資料の提出を求め、対策の実施を要請した。
レジオネラ属菌による浴槽水汚染事例発生時、大阪府域においても24時間風呂製造業者のみならず、設置している一般府民も敏感に反応した。特に家電メーカー系列会社の多い府域では、風呂製造業、販売業に対する影響は予想外に大きいものであった。
大阪府環境保健部(現保健衛生部)環境衛生課より当研究所に協力依頼があったのを受けて、当研究所及び各保健所窓口に寄せられている相談内容を整理解析し、次に示した3項目に整理し、具体策を早急に作り上げていくことにした。
1) レジオネラ属菌検査は、当所が担当する。
2) 検査及びレジオネラ症の相談には、各保健所窓口が担当する。
3) 情報提供は、当研究所、環境衛生課、保健予防課が内容をつめ、インターネットに載せるとともに各保健所にも同じ資料を提供する。また、過去の微生物汚染による事例から、府民の不安感を取り除くため各保健所窓口に先に述べた研究部会に職員を配置し、対応と検査相談にあたるよう依頼した。

発生時、当研究所は府民、企業からの相談にのると共に、自主調査及び依頼された浴槽水の検査に直ちに着手した。総検査件数は57件であった。検査結果を総合するとレジオネラ属菌の成績は次の通りである。

1) 検査した95%にレジオネラ属菌が検出された。平均値(最低~最高値)は、5.3x104CFU/100ml(7.3x10CFU~1.1×106/100ml)であった。42℃の浴槽水温はレジオネラ属菌にとって繁殖域であり、濾材に形成された生物膜に繁殖していることが明らかになった。
2) 検査件数中12.5%が105CFU/100ml以上の菌濃度で、直ちに化学洗浄を必要とするレベルであった。
3) 検査結果を血清学的にみると血清群1型は26.5%で最も多く、2型は10.2%、3型は20.4%、5型は24.5%、6型は18.4%であった。

原因究明:
このような経緯で24時間風呂浴槽水のレジオネラ属菌の検索を進めた結果、大阪府域で検出されたものは、ほとんどがL. pneumophilaと同定された。検出されたL. pneumophilaの血清群別は、特に42℃の24時間風呂浴槽水で血清群分布に特徴はなく、4型を除いて1型、2型、3型、5型及び6型に分布していることが判った。
検査法は寒天平板培養法が唯一の手段であったが、最近では遺伝子診断を含めた種々の検査法が実施できるまでに進展した。

診断:

地研の対応:
前述の通り当研究所は、1982年(昭和57年)当時から欧米諸国のレジオネラ症発生事例に注目し、大阪府環境保健部(現保健衛生部)環境衛生課及び保健所職員からなる調査研究部会を結成した。本部会はレジオネラ症の発生予防を目的として、研究部門と行政組織が融合した部会で、感染経路、発生要因、レジオネラ属菌の生息実態の解明など疫学調査にあたってきた。1987年(昭和62年)には府域の特定建築物の10%を調査し、その98%の冷却塔水にレジオネラ属菌が繁殖していることを報告し、発生防止の啓発活動にのりだした。本部会経験者は既に25名にのぼり、15年余りが過ぎた今日でも継続、活動している。今回のレジオネラ属菌浴槽水汚染事例発生時においても、部会経験者が保健所窓口で府民、企業などの対応にあたり、不安を取り除くことにいち早く始動した。当研究所は、レジオネラ症予防と増殖抑制対策に焦点を絞り、担当課と協力して病院関係とビル管理者等に「管理で防ごうレジオネラ~レジオネラ症防止対策について~」と題するパンフレットを作成、配布し情報の提供を行うとともに予防対策の協力を要請した。
また、保健所職員に対しては「レジオネラ症防止指導マニュアル」を作成、配布し、窓口活動の充実につとめた。尚、1997年4月から当研究所を中心にして4保健所生活衛生室検査課においてレジオネラ属菌の検査を実施できる体制を確立した。

行政の対応:
レジオネラ属菌浴槽水汚染事例発生時、正確な情報を府民に提供することが混乱を避ける第一に選択する方法であると考えた。当研究所からの要請により、大阪府環境保健部(現保健衛生部)環境衛生課、保健予防課と協議を行い、「24時間風呂におけるレジオネラ対策について」をインターネットに載せることにした。内容は、次に示す3部からなっており、具体的な24時間風呂対策を盛り込んでいる。
1) レジオネラ症について
・ 菌の特徴 ・疫学的事項 ・臨床的事項
2) レジオネラ属菌の概要
3) レジオネラ属菌に関するQ&A
・ レギオネラ菌とは
・ 24時間風呂は安全か
・ 浴槽水でシャワーは
・ 我家の24時間風呂は
・ 細菌検査はどこで
また、先に作成していたパンフレット「管理で防ごうレジオネラ~レジオネラ症防止対策について~」を府庁内の全組織、全保健所はもちろん、関係団体である公立病院協会、私立病院協会を通じて各病院へ、福祉指導課を通じて各福祉施設へ、保健所を通じて特定建築物管理者へ、また大阪ビルメンテナンス協会及び大阪ビルディング協会を通じてビル管理者に配布し、情報提供を行うとともに発生防止の協力を要請した。
これまで研究所からの要請に応じて、大阪府環境保健部(現保健衛生部)環境衛生課、保健所は、レジオネラ症の予防、発生要因の究明、対策に積極的に働き、前述した研究部会の結成と活動に大きな役割を果たしてきた。今日も活動している研究部会は、3年間の任期の間に毎年テーマを決めレジオネラ属菌の疫学調査を行ってきた。パンフレット、「管理で防ごうレジオネラ~レジオネラ症防止対策について~」は、当研究部会員が中心になって作成したものである。また、空調調和設備の外気取り入口の位置などを定めた「建築確認申請時指導要領」なども作成し、レジオネラ症の発生予防に努めてきた。

地研間の連携:
レジオネラ属菌浴槽水汚染事例の発生時、奈良県、和歌山県等近畿地方の保健所、環境衛生担当者から対策、検査法の相談が寄せられた。本菌に関する研究を行っている地研が近畿地方では当研究所しかなく、詳細な情報提供が混乱を避ける手段であると考え、これらの機関との対応に時間を費やした。
1997年4月から大阪府が当研究所を中心として4保健所生活衛生室検査課において、レジオネラ属菌の検査体制を確立する際に、大阪府、大阪市、堺市、東大阪市の担当課及び衛生研究所に所属するレジオネラ担当者から成る1府3市連絡会を持った。本会においてレジオネラ症の予防情報の交換、検査技術の相談、検査依頼等を話し合い連携体制をとっていくことを協議した。

国及び国研等との連携:
24時間風呂浴槽水レジオネラ属菌汚染事例の発生時には、国及び感染研、医薬品食品研等との連携体制による予防対策はとれなかった。しかし、当研究所、大阪府環境保健部(現保健衛生部)環境衛生課及び保健所職員からなる研究部会の活動成果としてまとめた行政報告書は、1982年(昭和57年)~1996年(平成8年)まで「建築物環境衛生管理技術研究集会(主催財ビル管理教育センター)」に発表すると共に、厚生省担当課に送付、報告した。これらは「レジオネラ属菌防止指針」(厚生省生活衛生局企画課監修)作成の基礎資料として使用された。

事例の教訓・反省:
これまでの研究部会や24時間風呂浴槽水レジオネラ属菌汚染事例発生時の地研と行政との緊密な連携の結果、当研究所、4保健所生活衛生室検査課においてレジオネラ属菌の検査体制が確立した。また大阪市、堺市、東大阪市とも連携した体制をとることができるようになった。本府におけるレジオネラ属菌の疫学調査は研究集会や学会において逐一報告がなされた。しかし、本府内での検査情報は、環境材料に限られ限定されたものになっており、予防対策を積極的に喚起させるまでには至らず、不明疾患扱いとなったものもあると推測される。近畿地方の他府県から緊急の臨床材料の検査依頼、相談が舞い込むことがある。これに対して当研究所で把握している最寄りの医療機関、臨床検査機関及びレジオネラ症、検査法の紹介などにとどまっている。緊急を要する依頼については情報の提供にとどまり充分対処できていない現状を認めざるを得ない。この背景には、本菌が日和見感染であること、臨床材料の検査機関が非常に少ないこと、また迅速な検査法が確立されていないことなどが要因であると考えられる。

現在の状況:
現在の状況(技術、体制、設備)
上述したように、平成6年3月厚生省生活衛生局企画課監修の「レジオネラ属菌防止指針」が出され、また、平成8年10月には厚生省の通知によって院内感染症としての概念が導入された。集団発生時の感染原因の調査や感染の拡大防止、厚生省への報告等が地研の役割として明記されるに至っている。本府においては当研究所、4保健所生活衛生室検査課においてレジオネラ属菌の検査が既になされており、遺伝子診断法も実施されている。現在、ブロック内の地研間における検査技術や予防対策などの情報交換は、頻繁に行われている。

今後の課題:
特にこのような汚染事例が発生した後、レジオネラ属菌の疫学調査法、検査技術の進展は、著しいものがあるが、なお次のことが望まれる。
1)国として
(1) 地研における迅速検査機器への予算補助
(2) 国内、諸外国でのレジオネラ症発生情報の定期的な提供
(3) レジオネラ症の予防対策
(4) 本菌以外の環境弱毒菌の検査体制の整備

2)自治体として
(1) 調査・検査費の予算化
(2) 行政・保健所・ブロック内での発生時の検査と迅速な情報交換
(3) レジオネラ感染予防対策

問題点:

関連資料:
1) 「レジオネラ菌と冷却塔冷却水の維持管理」建築設備と配管工事,山本,27(7), 82~86(1983)
2) 「空気環境を取りまく微生物疾患」建築設備と配管工事誌,山吉,25(7)51~57(1987)
3) 「冷却塔の清掃とレジオネラ菌の消長」設備と管理誌、難波,24, 7, 44~49(1990)
4) 「Germicidal effects of ultraviolet radiationon Legionella contaminating water」 Proc. 5th international conference on indoor air quality and climate, T. Yamayoshi et al 3, 213~217(1990)
1) 「レジオネラ症起因菌の生活環境中における生息実態」空気清浄誌、山吉,28,6,22~28(1991)
2) 「Ultraviolet inactivation of Legionella in running water with submerged light bulbs, Proc. 6th international conference on indoor air quality and climate, T. Yamayoshi, 413~416(1993)
3) 「Legionella属菌に対する塩素の殺菌効果」感染症学会誌,薮内他,69, 2, 151~157(1995)