[ 詳細報告 ]
分野名:原虫・寄生虫・衛生動物
登録日:2016/03/17
最終更新日:2016/05/26
衛研名:神奈川県衛生研究所
発生地域:神奈川県平塚市
事例発生日:1994年8月
事例終息日:1994年9月
発生規模:
患者被害報告数:461名
死亡者数:0名
原因物質:Cryptosporidium parvum
キーワード:Cryptosporidium parvum、下痢症、集団発生、水系感染、水道、神奈川県
背景:
クリプトスポリジウム症は、免疫不全患者の慢性下痢症、小児下痢症、渡航者下痢症、また人獣共通感染症あるいは水系感染症の病原体として重視されている。わが国では1986年に初めて患者が報告され、海外渡航者やエイズ患者、獣医学部の学生などでの散発例があった。
概要:
1994年8月から9月にかけて、JR平塚駅前の雑居ビルの客を含む関係者が下痢、腹痛などの症状を訴えた。疫学調査として、ビルの関係者736人に対して、症状の有無・程度、発症日等を質問した。461人(うち女性172人)に症状がみられ、このうち124人が近医を受診し、5人が入院していた。年令は16才から72才であった。暴露時刻から発症時刻までの潜伏期間は0(24時間以内)~8日であり、4~7日が最も高頻度であった。今回の事例で、原因と思われる水道水を摂取した最初の推定日は8月25日であり、最終推定日は9月3日であった。また下痢症が最初に発生したのは8月27日で、最終日は9月11日であった。主な症状は粘液性および水様性下痢、腹痛、発熱、倦怠感、嘔気、頭痛、悪寒、嘔吐、脱力感などであった(図1)。腹痛の程度は、軽度と答えた発症者が201名(70.8%)、重度が61名(21.5%)であった。発熱時の体温の範囲は把握された限りでは36.5~40.5℃で、その分布は36℃台2名(1.1%)、37℃台60名(34.1%)、38℃台86名(48.9%)、39℃台25名(14.2%)および40℃台3名(1.7%)であった。
この雑居ビルは、地下1階、地上6階からなり、飲食店10店舗、その他1店舗(洋品店)、2事業所(ダンス教室と特定郵便局)と従業員の住居が入っていた。ビルの地下1階と2~6階までの水道水は簡易専用水道を使用し、これらの階から患者が発生したが、水道管本管から直接水道水を引いた1階の洋品店と郵便局ではみられなかった。地下に受水槽とそれに隣接して汚水槽、雑排水槽および湧水槽が設置され、各水槽間に用途不明の穴が設けられていた。
原因究明:
患者25名のうち12名の糞便と受水槽や高置水槽、水道水、汚水槽、雑排水槽、湧水槽からCryptosporidium parvumのオーシストが検出された。
診断:
地研の対応:
原因調査として細菌検査、ウイルス検査および原虫検査を患者の便とともに各水槽の水や水道水等を原因微生物の検索の対象検体として実施した。
行政の対応:
下痢症患者発生の通報の翌日にビルの使用を停止し、疫学調査を開始した。簡易専用水道の汚染が疑われたため、検査材料の採取を行い、受水槽や高置水槽、水道管の洗浄を行うように指導した。洗浄後、ビルの使用開始を指示した。
地研間の連携:
Cryptosporidium parvumによる集団下痢症が発生したことで関心が高まり、これまでに資料やオーシスト標本等を複数の地研に提供した。
国及び国研等との連携:
Cryptosporidium parvumのオーシストの確定を国立予防衛生研究所寄生虫部(現国立感染症研究所寄生動物部)等に依頼した。
事例の教訓・反省:
衛生研究所での検査に先立ち、保健所において原因検索のために赤痢アメーバおよびランブル鞭毛虫を対象にして糞便検査を実施したが、Cryptosporidium parvumのオーシストは検出できなかったことから、検査の難しさを痛感した。さらに、糞便検査では複数の検出法を用いたが、検出感度がそれぞれ異なり、適した検出法を見いだす必要があった。
現在の状況:
この集団発生事例が追い風となって「小規模水道及び小規模受水槽水道における安全で衛生的な飲料水の確保に関する条例」が制定され、ビル等の簡易専用水道の監視が強化されている。
今後の課題:
下痢症が発生した場合、ほとんどの事例では微生物学的検査として細菌およびウイルスを対象に検査が進められ、原虫を対象にすることは少ない。したがって、原虫用の材料を採取することも検査態勢を整備することもないために、原虫が原因である場合には原因不明となってしまう。原虫が下痢症の原因になるとの認識を持って対応する必要がある。
問題点:
関連資料:
黒木俊郎、渡辺祐子、浅井良夫、他:神奈川県内で発生した水系感染症.感染症誌、70:132-140, 1996.