No.246 ツキノワグマ生食によるトリヒナ症の集団発生事例

[ 詳細報告 ]
分野名:その他
登録日:2016/03/17
最終更新日:2016/05/26
衛研名:三重県科学技術振興センター衛生研究所
発生地域:三重県四日市市
事例発生日:1981年10月
事例終息日:1982年1月
発生規模:
患者被害報告数:172名
死亡者数:0名
原因物質:Trichinella spiralis
キーワード:Trichinella spiralis、ツキノワグマ、冷凍肉、生食、トリヒナ症、発疹、顔面浮腫、筋肉痛、集団発生

背景:
トリヒナ症は、Trichinella spiralisという寄生虫によって起こる人獣共通感染症で人が感染すると痒み、筋肉痛、顔面浮腫、発疹、倦怠感等の特徴ある臨床所見を呈する。世界的には、フィンランド、ノルウエイ、グリーンランド、アラスカ、シベリア等北欧や北極圏に生息するホッキョクグマ、キツネ、ミンク等にはかなりの割合で寄生しており、これらの肉を生食するエスキモー人にはしばしば感染のあることが報告されている。我国では集団発生事例はほとんどなく、北海道、青森県で報告されている程度である。

概要:
1981年12月12日、三重県四日市市のM旅館で提供されたツキノワグマの冷凍肉を5名のグループで生食したところ、4名が痒み、発疹、顔面浮腫、筋肉痛、倦怠感等の臨床所見を呈してきたとの届出が三重県四日市保健所に1982年1月23日になされた。これらの患者を診察した三重県津市内の病院では、トリヒナ症の疑いをもった。そこで、この旅館に残っていたツキノワグマの肉からTrichinella spiralisを圧平法及び病理組織検査により検索するとともにクマ肉から取り出した虫体のマウスへの感染性を試験した。その結果、圧平法で肉1g当たり30~100匹のTrichinella spiralisを検出した。また、病理組織検査でもクマ肉内に被のう幼虫を確認した。三重県四日市保健所の調査によると、この旅館で1981年12月から1982年1月にクマ肉を喫食していたのは最初に届けた5名を含む413名であったので、これらの人にアンケートしたところ172名に同様の臨床所見が認められた。潜伏時間は、最高54日、最低7日、平均24.3日であった。喫食者の血清中のTrichinella spiralisに対する抗体を測定したところ、413名中60名が陽性であった。
この旅館で提供されたツキノワグマは、1981年10月29日以前に京都府の山中で捕獲された1頭(A群)と同年10月30日以降兵庫県の山中で捕獲された7頭(B群)の2群である。これらは仕入れ業者によって解体され販売時まで-27℃に保存されていた。M旅館ではこのうち、A群を14.4kg、B群を33.0kg仕入れ-15℃に保存していた。そして、1981年12月から1982年1月の2カ月間に両群合わせて20kgをサシミで客に提供していた。

原因究明:
1981年12月12日、四日市市のM旅館でツキノワグマのサシミを喫食し、痒み、発疹、顔面浮腫、筋肉痛、倦怠感等の臨床所見を呈した症例の原因は、Trichinellas piralis感染であることが病原学的ならびに血清学的に証明された。患者に対するアンケートにより潜伏時間は、最高54日、最低7日、平均24.3日であることが判明した。喫食者の血清中のTrichinella spiralisに対する抗体をラテックス凝集反応、カウンター免疫泳動法、幼虫周囲沈降反応法測定したところ、413名中60名がいづれかの試験法により陽性となり、その陽性率は14.5%であった。これを男女別にみると男性は360名中50名(13.9%)、女性は53名中10名(18.9%)が陽性で男女間に差は認められなかった。
この旅館に残っていたクマ肉を圧平法で検査したところ肉1g当たり30~100匹のTrichinella spiralisを検出した。また、病理組織検査でもクマ肉内に被のう幼虫を確認した。クマ肉を0.5%ペプシン塩酸液で消化してTrichinella spiralisを集め、これをDDY系マウスに経口的に接種したが、1カ月間で感染は成立しなかった。
我国におけるクマにおけるTrichinella spiralis寄生の報告は東北及び北海道に限られていたが、今回の事例で西日本でも発見されたことは注目される。また、この肉は喫食直前まで凍結状態で保存されていたにも拘わらず感染力を有しており、一般的な冷凍法で感染力が失われると考えるのは危険である。

診断:

地研の対応:
当時の三重県衛生研究所には、トリヒナ症をはじめとする人獣共通感染症の専門家がいなかったので対応しなかった。

行政の対応:
1982年1月23日、三重県四日市保健所へ1981年12月12日、四日市市のM旅館で提供されたツキノワグマの冷凍肉を喫食した5名中4名が痒み、発疹、顔面浮腫、筋肉痛、倦怠感等の臨床所見を呈してきたとの届出があった。これらの患者は、トリヒナ症が疑われたので、同保健所では他の喫食者に臨床所見の有無についてアンケートを実施した。三重県保健衛生部では食品担当主務課の食品衛生課を通じてTrichinella spiralisの分離をはじめとする検査法の権威である北海道大学獣医学部寄生虫学教室大林正士教授及び本症治療に実績のある弘前大学医学部寄生虫学教室の山口富雄教授に行政の対応方法、検査法、治療法等について指導願うとともに患者血清中のTrichinella spiralisに対する抗体測定を依頼した。また、旅館に残っていたクマ肉からの圧平法及び病理組織検査でのTrichinella spiralis検索やマウスへの接種試験は、三重県北勢家畜保健衛生所と三重県四日市食肉衛生検査所で実施した。これらの調査及び検査結果は、食品衛生課から厚生省へ報告した。

地研間の連携:
三重県衛生研究所も対応していなかったことから、当然地研間の連携はない。しかし、トリヒナ症のように滅多に発生しない人獣共通寄生虫感染症についても今後は取組んでいく必要があると考える。

国及び国研等との連携:
患者発生状況、ツキノワグマの検査状況等については、解明された時点で三重県保健衛生部食品衛生課を通じて逐次厚生省へ報告がなされた。今回の事例における原因究明にかかる検査や対策等は北海道大学や弘前大学の経験豊富な先生方の応援なしでは不可能であった。

事例の教訓・反省:
ほとんどの地方衛生研究所では、細菌やウイルスについては遺伝子レベルの解析まで行っているが、三重県で発生したトリヒナ症のように滅多に発生しない人獣共通寄生虫感染症に関しては、その検査すら対応できない場合があると考えられる。したがって、これらに対応できる技術者を育成すべきであると考える。

現在の状況:
その後三重県は言うに及ばず全国で集団発生の報告はない。

今後の課題:
1) 飽食の時代に入り、様々な食品が喫食されるようになってきた。
2) 中国や東南アジアから輸入されるクマ等の野生獣肉にはTrichinella spiralis等の寄生虫や我国には存在しなかった血清型や病原因子を保有した各種細菌の混入している可能性も高いので検疫を強化し我国への侵入を未然に防止すべきである。希少感染症の場合、それに対応できる技術者が全国の地研にいない場合もある。そこで、今回のように希有な感染症が1地域で大量発生した場合、その対応は地研や行政のみでは無理である。したがって、これを専門に研究している大学の先生方の力を借りて感染源や感染経路を追求すべきである。
3) 本症のように希有な人獣共通感染症について国立感染症研究所で検査法、診断法等の研修を行っていただきたい。

問題点:

関連資料:
1) 片桐誠二、富内侃、世古佳文:西日本で発生した旋毛虫症について、日本獣医師会雑誌、37、741-744(1984)