No.423 イカ乾製品によるサルモネラ食中毒事件

[ 詳細報告 ]
分野名:細菌性食中毒
登録日:2016/03/17
最終更新日:2016/05/26
衛研名:青森県環境保健センター
発生地域:山梨県を除く46都道府県
事例発生日:1999年3月
事例終息日:
発生規模:
患者被害報告数:1,634名
死亡者数:0名
原因物質:Salmonella Oranienburg、Salmonella Chester
キーワード:Salmonella Oranienburg、Salmonella Chester、PCR、乾製品、食中毒、diffuse outbreak

背景:
青森県では1995年から患者1名の散発サルモネラ患者数が増加傾向にあり、その中でも血清型O9群とO7群が多い状況となっていた。全体に占める割合はO9群が圧倒的ではあるが、1997年からはO7群も増加傾向にあり、1999年に入ってからも急増中であった。その様な状況の中で、川崎市で3月、S. Oranienburg(以下、SOと略す)を原因菌とする乾燥イカ菓子による食中毒が発生し、全国各地で続々と患者が確認され、その後、S. Chester(以下、SCと略す)も関与していることが明らかとなり、患者数は最終的に全国1,634人に達した。
このように全国規模で発生し、更に乾製品が原因となって食中毒が発生したことは過去に例を見ない事件であった。

概要:
1999年3月、神奈川県川崎市で子供会で配られた乾燥イカ菓子が原因の食中毒が発生した。川崎市の調査で、患者及び喫食食品のイカ菓子(商品名:バリバリイカ)からSOを検出したことから、4月上旬、イカ菓子の原料となるイカ乾製品の製造元のある本県に対しても、調査依頼があり、直ちに製造元である八戸市内のM水産の調査を開始し、製品の出荷先が判明した都道府県に対して調査を依頼した。その結果、M水産のイカ乾製品は、板状、そうめん状、短冊状等受注に応じた形態で出荷され、出荷後から小売販売店に並ぶまでに、多数の小分け業者、卸業者、中間業者等が介在し、小分け業者等の段階では21品目もの多数の商品名が付けられ、単価の安い(10~100円程度)子供のおやつ珍味として、複雑多岐な流通形態をとって全国に流通していたことが明らかとなった。
M水産では、4月6日からイカ乾製品の出荷を自粛し、4月7日から自主回収に入り、4月8日から工場の操業を自粛していたが、本県の調査の結果、4月9日、M水産の施設等のふき取り検査からSOを、在庫品のイカ乾製品からSO及びSCを検出し、本事件はM水産が製造したイカ乾製品が原因食品であったものと断定し、4月23日、M水産に対して営業禁止処分を行った。
また、この事件の原因究明に当たっては、学術専門家等で構成する「サルモネラ・オラニエンブルグ食中毒事件原因究明検討委員会(以下「原因究明検討委員会」という。)」を設置した。一連の調査の結果、環境関係では海鳥の糞、海面のゴミ等から検出されており、原料の陸揚げの際の汚染が推測されたが汚染源、汚染経路については特定できなかった

原因究明:
今回の事例では乾燥中にイカ菓子の重合部位でのサルモネラ増殖が疑われたが、一般生菌数は、製造加工前の板イカについて乾燥用網に載せた場合の上部、重合部、そして下部(乾燥網への付着面)の順となっていた。このことは、味付け後の菌数は均等に分散していたが、乾燥段階で、単に上部の菌は下部へ落ちて乾燥し、重合部の菌数がそれほど多くないのは乾燥中の菌増殖があまり旺盛でなかったようにも考えられた。
また、調査の結果、工場の高い汚染が判明すると共に、輸入港付近の海面のゴミと海鳥の糞、そして原因工場の下水から、患者、食品由来と同一と考えられるSOが分離され、感染源との関連性が示唆されたが、SCについては環境から分離されず、SOとSCの共通の感染源、感染経路については不明であった。

診断:

地研の対応:
「原因究明検討委員会」の下、当所は細菌学的な原因究明を担当した。検体の採取方法については、専門的な見地から本庁及び保健所の担当者に指導しながら共同で実施した。検体の種類は、原料の輸入冷凍イカから製品に到るまで、環境、原因施設、商品など多岐にわたった。また、本事例と県内の患者1名の散発サルモネラ症例数との関連を考察した。

行政の対応:
今回の事件は、広域的な広がりを見せたこと、乾燥製品から菌が検出されたということから事態を重く見、県は、疫学、水産加工、公衆衛生、微生物学及び環境科学の各専門家から構成する「原因究明検討委員会」を組織し、原因の究明にあたった。

地研間の連携:
各種試験の実施に際しては、東京都立衛生研究所からSO以外にSCが混入しているという情報をいただくとともに、多くの地方衛生研究所の関係各位から遺伝子解析の状況等の御助言をいただいた。

国及び国研等との連携:
国立感染症研究所から国内外におけるSO及びSCの分離状況についての情報をいただくとともに、ヒト、食品、環境由来の一部の分離菌株を送付し、遺伝子学的に解析いただいた。

事例の教訓・反省:
SOとSCの2菌種が関連していたわけだが、事件探知後しばらくはSOのみによる事件と考えられていた。SCの検出が遅れた理由として、一つにはSCがリシン非分解性であり、一般的なサルモネラの性状とは異なっていたこと、また、両血清型の混合比が異なっており、菌数の少ないSCを分離するためには多数の集落を釣菌しなければならなかったこと等が考えられる。また、原因工場の最初の調査で井戸水からSOが分離されたが、菌混入による汚染であったことが後の調査で判明し、高濃度に汚染された場所でのサンプリングの仕方も課題となった。
また、M水産の施設については、各工程毎のきちんとした作業区画の区別、また、衛生管理も徹底されておらず、また従業員についてはすべてパートタイマーであり衛生教育は行われていない状況であった。施設内における製造責任者が定められておらずきちんとした製造管理がなされていなかったこと、流通形態が複雑であり汚染商品の回収作業に手間取ったこと等各要因が重なり合って被害が拡大したものと考えられる。
また、水産加工施設については行政の監視外の部分であったため、これまで指導等は特に行われていなかったため、今後、監視・指導の徹底が必要とされるところである。

現在の状況:
サルモネラ食中毒は、近年、わが国で最も発生数の多いことで知られており、特に鶏卵とその加工食品を原因とするS. Enteritidisによる食中毒には多大な関心が寄せられている。医療機関等における散発下痢症患者にもこれが明確に反映されているが、それ以外にも様々な血清型菌が分離されている。そこで,今回の事件発生実態の一端を見るために、「病原微生物検出情報」に基づく県内のO7群の検出状況を調べた結果、本事件の食中毒としての届け出以前に、3月をピークとした発生が認められていた。
このように検出情報に基づく患者数の増加が今回の集団発生探知前に認められていたことから、散発サルモネラ患者から分離される菌の血清型の常時監視は、散在的集団発生(diffuse outbreak)の発見に有用であることがいえる。もしも、川崎市での発生の届け出が無かったとすれば、今回の患者数は更に拡大していたであろうことから、このような事例をいち早く察知して予防するシステムの構築が必要と考えられ、本県では2001年より県内10医療機関より週毎の患者発生数を情報収集し、集約、コメントして再び医療機関に還元する事業を開始した。

今後の課題:
これまで食品衛生関係者にとって食中毒の原因としての意識はなかった水産乾燥食品が原因となって発生したことは、今までの食中毒の常識を覆す事件である。古来、食品の乾燥は微生物の増殖防止手段として多用されてきたが、今回の様に、病原菌に汚染されたまま乾燥が成立した場合には、その菌種によっては食中毒に至ることが実証されたといえる。今回の基礎実験においてもサルモネラは保存温度が低ければ長期間の生存が可能と考えられた。従って、再発防止のためにも、“乾燥する以前に病原菌を排除する”あるいは“乾燥温度を厳密に調節して病原菌を死滅させる”等の予防策の検討が必要である。また、これまで水産乾燥食品における細菌検査データがあまり多くないため、今後、これらの微生物汚染に関する実態調査が行政的にも必要であると考えられる。
わが国では海域や漁場付近のサルモネラの分布状況は十分には把握されていないが、今回の実験からも明らかなようにサルモネラは海水中で長期に生存している可能性があることから、河川中のサルモネラが海域に流出することによる海域におけるその分布が危惧されるとともに、その生態が注目されるところである。

問題点:

関連資料:
1) 青森県:イカ乾製品によるサルモネラ食中毒事件報告書.平成12年3月
2) 対馬典子,杉山猛,大友良光,品川邦汎:イカ菓子食中毒事件におけるサルモネラ汚染実態に関する疫学的考察.日本食品微生物学会誌,17(4), 225-234(2000)