No.461 自家製「ハスずし」によるE型ボツリヌス中毒(1回目)

[ 詳細報告 ]
分野名:細菌性食中毒
登録日:2016/03/17
最終更新日:2016/05/26
衛研名:滋賀県立衛生環境センター
発生地域:滋賀県高島郡マキノ町
事例発生日:1973年
事例終息日:
発生規模:
患者被害報告数:3名
死亡者数:2名
原因物質:E型ボツリヌス菌
キーワード:食中毒、ボツリヌス中毒、ボツリヌス毒素、ボツリヌス菌、馴れずし、ハスずし

背景:
ボツリヌス中毒は、その発病機序により、1)食餌性ボツリヌス症(食中毒)、2)創傷性ボツリヌス症、3)乳児ボツリヌス症の3型に分類されている。ボツリヌス中毒はヒトにも動物にも発生し、ヒトの中毒に関係するのは主としてA、B、およびE型菌で、まれにF型菌による事例も報告されており、ニワトリや家畜ではCおよびD型による中毒が発生する。
食餌性ボツリヌス症は、食品中でボツリヌス菌が増殖し、産生されたボツリヌス毒素を摂取することによって発生する毒素型食中毒である。1897年、Van Ermengemによって最初の食中毒事例が報告されて以来、米国、カナダなど世界各国で食中毒の発生が報告されるようになった。ボツリヌス中毒に関する世界的な統計資料はないが、これまでに少なくとも24カ国における発生が確認されている。
日本では、1951年、北海道岩内町で発生した鰊の飯ずしを原因食品としたE型中毒が初めての報告である。その後、北海道、東北地方の各県でも確認され、1995年までに109事例が発生し、患者数511名、死者数113名(致死率22.1%)に達している。
北海道、東北地方で発生している事例の原因食品は飯ずしあるいはこれに類似した魚類の発酵食品で、原因毒素型はいずれもE型である。その他の地域や事例としては、宮崎県で発生した輸入キャビアによるB型中毒(1969年)、東京都(1976年、A型、原因食品不明)、熊本県産の辛子蓮根によって全国14都府県で死者11名が発生したA型中毒(1984年)、栃木県(1984年、B型、原因食品不明)、岡山県(1988年、A型、原因食品不明)、広島県(1991年、A型、原因食品不明)、秋田県(1993年、A型、里芋の缶詰)、大阪府(1993年、毒素型不明、臨床決定)が主な発生事例である。
1973年7月、滋賀県高島郡マキノ町で、自家製の「ハスずし」によるE型ボツリヌス中毒が発生した。E型ボツリヌス中毒の事例は、北海道、東北地方以南の地域では初めてのことである。
「ハスずし」とは、琵琶湖産のハス(コイ科の淡水魚)を背開きし、内臓、鰓を取り除き、約1ヶ月間樽内で重石をのせて塩漬け後、水洗いしたハスと米飯を交互に樽漬けし重石をのせ、1週間から3週間後に食用に供される馴れずしである。

概要:
1973年7月13日、滋賀県高島郡マキノ町、農業兼漁業K氏宅で、約1カ月前に漬けた「ハスずし」を夕食時(午後7時頃)に家族3名(主人、妻および母)が食べたところ、翌日午前6時頃から主人と母が嘔気、口渇、倦怠感、脱力感を訴え、午前10時頃、医師の診察を受けた。その後主人の容体が悪化してきたので、再度往診を依頼したが、医師が往診に出向いた午後11時30分頃には主人は既に死亡していた。
妻も、同日午前12時頃から、嘔気、脱力感、便秘などの症状を訴えた。15日になって、妻と母は、近くの病院に入院し、治療を受けていたが、2人とも前日とほぼ同様の症状が続いていた。16日、妻が呼吸困難、嚥下困難、口渇、軽い痙攣、瞳孔散大、血圧低下などを呈し、午後7時頃死亡した。母の症状は、前述の症状のほか、時々呼吸困難を呈するなど悪化していた。17日、午後11時40分、母にボツリヌス治療用抗毒素血清10,000単位が筋肉内注射された。18日、午前2時頃、さらに2,000単位が筋注されたが呼吸困難、血圧低下などの症状が続いていたので、午後8時頃、12,000単位が追加された。19日朝、母は呼吸困難などの症状が軽くなり、約2カ月後(9月15日)に退院した。

原因究明:
当該保健所から食べ残しの「ハスずし」、患者(母)の血清および糞便が地研に持ち込まれたのは、7月16日、午後5時少し前であった。地研では、直ちにボツリヌス毒素、ボツリヌス菌を含む食中毒起因菌の検査を開始した。
17日になって、「ハスずし」の抽出液を注射したマウスの症状や致死作用、易熱性、トリプシン処理による毒力増加の所見から、ボツリヌス毒素である可能性が高いと考え、午前9時に県公衆衛生課に連絡した。同課では直ちに治療用ボツリヌス抗毒素血清を手配するとともに、現地調査に入った。午後4時、大阪府立大学の阪口弦二教授(当時)から診断用抗毒素血清(A、B、EおよびF型)の分与を受けて地研に持ち帰り、「ハスずし」抽出液を用いて中和試験を行った。18日午前2時30分、E型ボツリヌス毒素であることをほぼ確定し、同8時30分に再度確認の後、県公衆衛生課と保健所に連絡した。地研の検査結果から本事例はE型ボツリヌス中毒であることが明らかになった。
一方、患者の血清および糞便からはボツリヌス毒素は検出されなかった。しかし、「ハスずし」および患者糞便からE型ボツリヌス菌が分離された。菌が分離されたのは9月3日になってのことであった。

診断:

地研の対応:
所轄の保健所から連絡があったのは7月16日午後2時であった。地研としては、喫食残品である「ハスずし」が、北海道、東北地方で地域的に発生しているE型ボツリヌス中毒の原因食品になっている「飯ずし」とよく似ている、「馴れずし」であることからボツリヌス中毒の疑いをもち、国立予防衛生研究所(旧称)を尋ねたところ、千葉県血清研究所に治療用ボツリヌス抗毒素血清があること、大阪府立大学農学部獣医公衆衛生学講座阪口弦二教授(当時の所属)が専門家であることを教示された。この旨を、県公衆衛生課に連絡するとともに、阪口弦二教授から診断用ボツリヌス抗毒素血清の分与を受けた。
当該保健所から喫食残品の「ハスずし」、患者(母)の血清および糞便が地研に持ち込まれ、ボツリヌス毒素、ボツリヌス菌を含む食中毒起因菌の検査を担当した。

行政の対応:
本事例がE型ボツリヌス中毒であることが判明してから、ボツリヌス中毒発生地域に対し、1)この年につくられた「ハスずし」は食べないこと、2)ボツリヌス中毒の衛生教育、3)衛生的な「ハスずし」の作り方、4)「ハスずし」は他人にあげたり、貰ったりしないことなどを指導するとともに、県に治療用ボツリヌス抗毒素血清が常備されることになった。

地研間の連携:

国及び国研等との連携:

事例の教訓・反省:
ボツリヌス中毒の経験がなかった地研としては、大阪府立大学阪口弦二教授(当時の所属)からの診断用ボツリヌス抗毒素血清の分与や検査法等の支援がなかったら、ボツリヌス中毒であることを確認するのにもっと時間がかかったであろうし、第3の犠牲者が発生していたかもしれない。その意味で、当時としては地研の対応は適切でかつ迅速であったと考える。
種々の新興感染症の登場、海外との交流が活発になりかつ迅速にヒトや物の行き来がある今日を見るとき、地研としてどのように対応していくすべきか、当時のボツリヌス中毒の対応のようにできるのか、改めて気を引き締めているところである。

現在の状況:
1) 治療用ボツリヌス抗毒素血清(A、B、E、F型混合)を県に常備している。
2) 診断用ボツリヌス抗毒素血清など、ボツリヌス毒素の検査資材を地研が保有している。

今後の課題:
ボツリヌス中毒は、ヒトでは1)食餌性ボツリヌス症(食中毒)、2)乳児ボツリヌス症、3)創傷性ボツリヌス症、さらに動物でもボツリヌス症が知られている。このうち、日本でも1)に加えて2)の複数事例が、動物でもニワトリ、カモ、ウシの事例が報告されてきている。また、従来の地域的なE型ボツリヌス中毒に加えて、A型ボツリヌス中毒も全国で広域的に発生するようになっていることを考えると、ボツリヌス中毒に対する知識や対応について、関係者の周知がますます必要と考える。

問題点:

関連資料:
1)徳地幹夫ほか:滋賀県におけるボツリヌス中毒の発生、公衆衛生情報、5(604)、32-37(1975)