No.802 水道水とカシンベック病

[ 詳細報告 ]
分野名:その他
登録日:2016/03/11
最終更新日:2016/05/27
衛研名:東京都立衛生研究所
発生地域:日本各地
事例発生日:1965年
事例終息日:
発生規模:被害者数0名、死亡者数0名
患者被害報告数:0名
死亡者数:0名
原因物質:水道水あるいは飲料水中のある種の有機化学物質(推定)
キーワード:東京都水道水、濃縮水道水、ラット耳下腺変性、脛骨骨端変性、フェルラ酸、パラヒドロキシ桂皮酸

背景:
カシンベック病はシベリアの一地方の地方病として19世紀にカシンおよびベックにより報告された骨変形を特徴とする疾患である。1930年代になって、満州東部にこのカシンベック病の記載に一致する地方病が存在することが日本の研究者により報告された。また骨病変に唾液腺内分泌の異常が伴うことと、飲料水中の有機物質が原因であることも判ってきた。第二次大戦後、日本内地にカシンベック病が存在する可能性が考えられ、滝沢らにより全国的な調査が行われ、九州阿蘇火山地方、伊豆、千葉県、北海道等の一部にカシンベック病と思われる症例を報告している。また、学童の身体検査を実施中、東京地区の一部にも、殊に玉川水系を飲料に供している地区に高率に同一病変を認めると発表した。
東京都が都民に供給する水道水の汚染の問題として、滝沢らがカシンベック病の起因物質であるとしているフェルラ酸、パラドキシ桂皮酸、カフェイン酸等が作用量以上に含有されているかどうか、またこれらの有機化学物質が骨および唾液腺内分泌の異常を引き起こすのかどうか、東京都はカシンベック病研究専門委員会を設置し、また東京都立衛生研究所環境保健部水質研究科、および毒性部において調査研究を実施した。

概要:
次のような被験試料を用いて、化学分析および動物実験を行った。
被験試料1)無処置(全く試料を加えないもの)
2)生理的食塩水(0.9% NaCl)
3)玉川浄水場浄水を活性炭処理後エーテル抽出し100倍濃縮
4)次の浄水場の原水および浄水をエーテル抽出し100倍濃縮(東村山浄水場、長沢浄水場、金町浄水場、および玉川浄水場)
5)パラヒドロキシ桂皮酸 0.001、0.01、および0.1mM
実験動物としてはSPF飼育条件で生産された3週令のWistar SLCラットを購入し、2週間の馴化飼育後、滝沢らのカッシンベック原因物質検出方法に基づき、水の100倍濃縮液を5週令から6週令にかけて10日間、背部皮下に1日1回、計11回注射した。
11回の皮下注射の4時間後から6時間にわたってラットを屠殺解剖し、全身の組織器官のパラフィン切片を作成した。同時に左側後肢骨の軟X線による撮影を行った。
組織学的検査は、脛骨骨端部、唾液腺、肝臓、腎臓、心臓を中心に実施した。
この結果、いずれの被験試料もラットになんら有意な変化を与えないことが判った。

原因究明:
カシンベック病の原因究明のための試験方法として瀧沢らにより提唱された、濃縮水および原因有機化学物質とされるパラヒドロキシ桂皮酸をラットに投与し、唾液腺、脛骨の変性等を調べたが、変化は認められなかった。

診断:

地研の対応:
東京都立衛生研究所、環境保健部水質研究科と毒性部薬理・病理研究科が対応し、被験試料である4カ所の浄水場の浄水および原水の採取と濃縮、および実験動物によるこれら被験試料の検査を実施した。

行政の対応:
東京都カシンベック病研究専門委員会を設置し、東京慈恵会医科大学病理学教室、東京大学医学部病理学教室、日本大学医学部整形外科教室から専門家を招聘して、試験結果の検討を行った。

地研間の連携:
この時点では地研間の連携はなかったと思われる。しかし、全国的規模でカシンベック病が分布していることが指摘され、今後同様な問題が生じた場合には、地研間の情報交換や共同研究等の連携が必要となろう。

国及び国研等との連携:
国は国立公衆衛生院疫学部長を班長とし、整形外科、内科、小児科、薬理、病理の各関連分野の専門家9名を班員とする研究班を組織し、疫学的、臨床医学的側面からの調査を行い、昭和46年度厚生省特別研究費による研究報告書にその結果を述べている。この内容は問題とされた地域の小中学生を対象とした集団検診の実施とその追跡調査、カシンベック病の典型的症例の追跡調査、水質調査および原因物質の一つであるフェルラ酸を用いた動物実験である。結果は、集団検診でカシンベック病とされた児童は無く、また典型的症例の追跡調査でも、他の骨疾患による症状と診断された者以外には大部分は異常なしとされ、飲料水とカシンベック病の関係は否定された。の専門家会議は、委員の1名が国の研究班にも属しているが、検討方法が若干異なるために、共同で調査する等の連携はなかった。

事例の教訓・反省:
事例の発端は、資料1、2、3に示した滝沢らの研究グループの指摘した、飲料水とカシンベック病との関連についての報告であった。都および国の専門家による検討結果はいずれも否定的な結論となった。しかしながら、水と健康の問題は今後も様々な形で取り上げられると思われ、特に研究者によって実験結果が異なる場合には、十分な検討が必要である。

現在の状況:
問題は一応の終結を見ている。

今後の課題:
現在のところ特になし。

問題点:

関連資料:
1) 「唾液腺線条部変性に関する組織化学的研究-多摩川飲料水抽出物の耳下腺及び骨端軟骨におよぼす影響」、長尾孝一、林 豊、岩瀬秀一、滝沢延次郎;日本病理学会会誌、54巻、262(1955-昭和40)
2) 「東京都内のカシンベック病とその病因に関する研究」、滝沢延次郎、野喜幾三郎、鈴木次郎、松井正直、半谷高久、山岸三郎、岩崎勇、長尾孝一、荒木匡、森 謙治、三浦良輔;日本病理学会会誌、55巻、272,(1966-昭和41)
3) 「日本におけるカシンベック病の研究」、滝沢延次郎著、緒方書店、東京、1970
4) 「東京都水道水とカシンベック病との関連に関する実験的研究」、東京都立衛生研究所研究年報 23巻、335-343,1971、石川栄世*1、太田邦夫*2、星野孝*3、平賀興吾*4、林田志信*4、市川久次*4、米山充子*4、藤井 孝*4、池田虎雄*4、矢野範雄*4、三村秀一*5、中村弘*5
*1東京慈恵会医科大学病理学教室
*2東京大学医学部病理学教室
*3日本大学医学部整形外科学教室
*4東京都立衛生研究所毒性部薬理研究科、病理研究科
*5東京都立衛生研究所環境保健部水質研究科