No.825 ダイオキシンによる環境汚染・人体汚染

[ 詳細報告 ]
分野名:その他
登録日:2016/03/11
最終更新日:2016/05/27
衛研名:福岡県保健環境研究所
発生地域:全世界
事例発生日:1979年
事例終息日:
発生規模:
患者被害報告数:
死亡者数:
原因物質:ダイオキシン類(PCDD、PCDF、コプラナーPCB)
キーワード:PCDD,PCDF,コプラナーPCB,焼却炉

背景:
ダイオキシンは2,3,7,8-テトラクロロダイベンゾ-p-ダイオキシン(TCDD)の略称として用いられていたが、最近は、一般に塩素が1から8までの75種類の同族体のすべて、すなわち、ポリ塩化ダイベンゾ-p-ダイオキシン(PCDD)を意味する。また、ダイオキシンと化学構造がよく似た、しかも、毒性的にも似通った135種類のポリ塩化ダイベンゾフラン(PCDF)を含めて“ダイオキシン類”と呼ばれている。さらに、ポリ塩化ビフェニル(PCB)のうち、平面構造を持ちダイオキシンと同様の毒性を示すコプラナーPCB(Co-PCB)の3種類もダイオキシン類の中に含める場合が多い。TCDDはサリンの2倍から10倍も強い毒性を持つといわれている。しかし、その毒性の強さは動物によって大きく異なり(種差)、また、同族体の種類によっても著しい差がある。これらの化合物による動物に対する毒性症状は胸腺萎縮、肝臓肥大、消耗飢餓症状、塩素座そう等であり、胎仔では口蓋裂等の催奇形成を示す。また、長期投与により肝臓等に腫瘍を引き起こす。これら一連の化学物質の毒性をTCDDの毒性に換算して表すためTCDD毒性相当係数(TEF)が世界各国の研究機関で提案されているが、現在ではNATOのデータが国際TEFとしてよく用いられる。また、Co-PCBについてはWHOのTEFが用いられている。これらのTEFによって換算されたダイオキシン類の濃度はTCDD相当量(TEQ)として表される。
ダイオキシンは1872年にドイツで初めて合成された化合物であり、その後、いろいろな事件や事故の原因物質として広く知られてきた。すなわち、アメリカで使用された除草剤中の不純物であるダイオキシンによってヒヨコが大量に弊死した事件(1957年)、ベトナム戦争(1962-72年)中にアメリカ軍が行った枯れ葉作戦に用いられた除草剤(オレンジエージェント)中の不純物であるダイオキシンによりベトナム住民及びアメリカ軍人が被害を受けた事件、イタリアのセベソの農薬工場の爆発事故による汚染と工場周辺住民の被曝(1976年)、アメリカのタイムズビーチで農薬工場のダイオキシンを含む廃油をほこり止めとして散布したことによる人体汚染と土壌汚染(1971年)、ラブキャナルのダイオキシンを含む廃棄物で埋め立てたことによる汚染事件(1978年)、ビンガムトムのビル火災で変圧器(PCB使用)が燃え、発生したダイオキシン類でビルが汚染された事件(1981年)などがよく知られている。
また、1968年の日本のKライスオイルによる油症事件(Yusho)、1979年の台湾の油症事件(Yucheng)もPCDFを主原因物質とするダイオキシン類による中毒事件である。これらは、米ぬかから抽出したライスオイルの脱臭工程で使われていた熱媒体(PCB)がライスオイル中に漏れ汚染した事件である。この熱媒体中には加熱使用中に生成したPCDF、PCDDやPCQ(ポリ塩化クアテルフェニル:PCBの2量体)が含まれていた。

概要:
1977年、オランダのOlieらはアムステルダムの都市ゴミ焼却工場のフライアッシュと排ガスからPCDDとPCDFを検出した。この後、ダイオキシン類は環境汚染物質として広く認識されるようになった。スイスのBuserらも都市ゴミ焼却工場や産業廃棄物焼却炉のフライアッシュからダイオキシンを測定している。日本ではカナダのEicemanらが1979年に京都の都市ゴミ焼却場のフライアッシュ中からダイオキシンが検出されている。一般に、ダイオキシン類は燃焼に伴って発生し、都市ゴミ焼却工場だけでなく、産業廃棄物の焼却、金属精錬、鉛添加ガソリン使用の自動車や野焼き等によっても発生する。また、製紙工場での塩素漂白過程でもダイオキシンは発生する。さらに、日本で過去に大量に使用された除草剤中に不純物として含まれていたダイオキシン類での土壌汚染が知られている。
日本のゴミの発生量は4,350万トン/年と先進国の中でも多い方で,その74%が焼却処分されている。更に,ゴミ焼却工場数は1,854ヶ所と極めて多く,しかも,その多くが中小規模の工場である(中小のゴミ焼却施設は一般にダイオキシンの発生量が多い)。このような事情から日本におけるゴミ焼却施設からのダイオキシン発生量は年間4,300gと推定されている。その他の発生源からのダイオキシン発生は比較的少ないとされているが,産業廃棄物の焼却施設等の詳しいデータは得られておらずよくわかっていない。このように日本は国土が狭いうえに多くの焼却施設からダイオキシンが放出されているので諸外国に比べ大気中のダイオキシン濃度が高い。
発生源から排出されたダイオキシン類は大気、土壌、水質等の環境を汚染している。環境中のダイオキシン類は食物連鎖により、プランクトン、植物、魚介類、鳥類、動物等に濃縮される。食物連鎖の上位にある鯨、イルカ、アザラシなどの海棲ほ乳類、北極グマ等では高濃度のダイオキシン汚染が報告されている。人間も、また、食物連鎖の高位にあり、普通の人でもかなり高濃度のダイオキシン類が血液や母乳から検出されている。
ヒトの体内のダイオキシン類の90%以上が食物を介して取り込まれるといわれている。食品の中では、ダイオキシン類は魚介類、肉類、乳及び乳製品に多く検出され、また、野菜類にもわずかながら検出されることがある。水質や底質中のダイオキシンは魚介類へ移行しやすいので、魚介類の摂取量が多い日本人はダイオキシン類を取り込む可能性が高い。体内に取り込まれたダイオキシン類はいろいろな臓器に分布しているが、主として脂質に蓄積されていると考えられており、脂肪あたりの濃度で計算するとほぼ同じ位の濃度となる。しかし、脳では他の臓器に比べて非常に低い濃度である。世界各国で母乳中のダイオキシン類が人体汚染の指標として測定されている。母乳中のダイオキシン類濃度は、先進工業国である西欧諸国が高く、ついで、日本や北アメリカ諸国で高い。東南アジアの開発途上国や東欧諸国では比較的低い汚染である。日本の母乳中ダイオキシン濃度は母乳あたり0.15から2.9pg/gであり、乳児が一日体重1kgあたり120mlの母乳を飲むと仮定すると一日あたり17.5から350pg/kgのダイオキシン類を取り込むことになる。乳児が母乳経由でダイオキシン類の暴露を受けるのは一生のうちでは短い期間であるが、今後、胎内での暴露も含め詳細な研究が必要であろう。
出産とそれに続く母乳の分泌は体内に蓄積されたダイオキシン類の最も大きな体外排出である。これは、初産者の母乳に比べ第2子、第3子出産者の母乳中のダイオキシン濃度が有意に低い濃度を示すことからも明らかである。
人体に取り込まれたダイオキシン類は皮脂を介して体表面から排出されており、毛髪やつめからもから出ている。更に、ごくわずかではあるが糞便を介して排出されている。そ
の量は一日あたりおよそ体脂肪1gに含まれるダイオキシン類の量に相当する。ダイオキシン類の糞便中排出は食物繊維や緑色野菜に含まれるクロロフィルにより促進される。食物
繊維やクロロフィルは食品中からダイオキシン類が腸管で吸収されるのを抑制する効果もある。
上述したセベソ等の人体被害の追跡調査や動物実験の結果からダイオキシン類によるリスク評価が続けられてきた。これらのリスク評価に基づいて、日本では1997年に厚生省が一日耐容摂取量(TDI)を10pg/kg/日と定めた。1997年2月に国際がん研究機関(IARC:International Agency for Research on Cancer)はフランスのリヨンで開いた専門家会議
でTCDDをヒトに対して発ガン物質であるというカテゴリーに分類した。
さらに、1998年5月には、WHO-ECEH(欧州環境保健センター)はIPCS(国際化学物質安全計画)と協力して日米欧の専門家を集め、TCDDのTDIの見直しとダイオキシンへの暴露を含む一般人の健康リスクの再評価を行った。その結果、ダイオキシン類のTDIを、コプラナーPCBを含め、1-4pg/kg/日の範囲とすることで合意した。
厚生省が1997年12月に発表した「食品中のダイオキシン類等汚染実態調査について」によると、日本人のダイオキシン類一日摂取量はPCDD/PCDFが31.4pg/人/日、Co-PCBが48.4pg/人/日である。日本人の平均体重を50kgとすると、PCDD/PCDF/Co-PCBの一日摂取量は1.6pg/kg/日となり、今後、十分に注意すべきレベルにある。

原因究明:

診断:

地研の対応:
1997年5月現在でダイオキシン分析が可能な地研は埼玉県公害技術センター、横浜市衛生研究所、横浜市環境科学研究所、大阪府立公衆衛生研究所、大阪府立公害監視センター、大阪市立環境科学研究所、兵庫県立公害研究所、香川県環境研究センター、徳島県保健環境センター、福岡県保健環境研究所の10地研である。これらの地研のうち、埼玉県公害技術センター、大阪府立公衆衛生研究所、大阪市立環境科学研究所、兵庫県立公害研究所、香川県環境研究センター、福岡県保健環境研究所の6機関が既に、測定を行っている。15地研が測定分析に向けて検討しており、4地研(時期未定)が将来は行いたいとしていが、10地研では行う予定はないとしている。また、10地研が自主測定か外部委託か検討中で、
23地研では行政部局において取組が明確になった時点で検討するとしている。

行政の対応:
1983年に厚生省は「廃棄物処理に係るダイオキシン等専門家会議」を設置した。専門家会議は1984年に「廃棄物処理に係るダイオキシン等の問題について」と題した報告書を提出した。1986年に環境庁・厚生省が84年に実施したゴミ焼却施設及び最終処分場の「微量有害物質環境汚染緊急実態調査結果」を公表した。1990年末,厚生省は「ダイオキシン類発生防止等ガイドライン」(旧ガイドライン)を定め,市町村に対してガイドラインに沿った対策を講じるように都道府県に指示した。環境庁はダイオキシンに関する「リスク評価検討会」及び「排出抑制対策検討会」を(1996年5月29日),厚生省は旧ガイドライン見直しのため「ゴミ処理に係るダイオキシン削減対策検討会」を(6月3日)設置。厚生省の「ダイオキシンのリスクアセスメントに関する研究会」がダイオキシンの耐用一日摂取量(TDI)を10pg/kg体重/日とした(5月29日)。厚生省は市町村及び一部事務組合のすべてのゴミ焼却施設について「ダイオキシン排出実態等総点検調査」の実施を指示した(7月12日)。全国1,864施設中314施設のダイオキシン排出濃度の調査結果を公表した。ダイオキシン排出濃度が緊急対策を要する80ng/m3Nを超えた施設は36施設であった(10月2日)。環境庁はヒトに対する「健康評価指針」を5pg/kg体重/日と決めた(12月19日)。厚生省は「ゴミ処理に係るダイオキシン類発生防止等ガイドライン」(新ガイドライン)を都道府県知事に通知した(1997年1月23日)。埼玉県環境部は所沢市北部の産業廃棄物焼却施設が集中している地域のダイオキシン類の環境調査結果を公表した。非汚染地域と比べ50倍高いことが判明した(3月13日)。所沢市議会は「ダイオキシンを少なくし所沢にきれいな空気を取り戻すための条例」を制定した(3月26日)。全国の1,864施設のうち1,150施設のダイオキシン排出濃度の調査結果を公表,緊急対策を要する80ng/m3Nを超えた施設は72施設であった(4月11日)。環境庁はダイオキシン類を大気汚染防止法の「指定有害物質」とした。
1997年にダイオキシン総合対策として環境庁,厚生省,労働省,農水省等の省庁と地方自治体を含めた生活環境審議会がもたれ,このもとに廃棄物処理部会と生活環境部会が置かれ,ダイオキシン総合的対策と研究が進められることとなった。研究は1998年から5ヶ年計画で2002年に報告書が作成される予定である。

地研間の連携:
ダイオキシン問題に対応するため,地方衛生研究所や環境(公害)研究所に施設・機器を含めダイオキシン測定体制の整備あるいは検討している自治体が少なくない。ダイオキシンを分析するには単に分析機器や施設だけでなく,分析技術への習熟,検体や標準品等の
管理規則,測定従事者の安全確保等いくつかの問題をクリアしなければならない。従来からダイオキシン類の分析を行ってきた地研等の機関は今まで蓄積してきたこれらの知識,技術,情報等を出来るだけ提供し,必要があれば講習会や研修の受入れ等が必要であろう。

国及び国研等との連携:
ごく一部の地研は国が組織したダイオキシン研究班に参加し国及び国研との連携を持っている。(大阪府立公衆衛生研究所,福岡県保健環境研究所)

事例の教訓・反省:

現在の状況:

今後の課題:
現在,かなりの民間のダイオキシン検査機関は増加しており,今後,行政検査機関や大学でも分析を開始する方向にある。ダイオキシンの分析法はアメリカのEPA法が基本となっているがそれぞれの分析機関でかなり異なる部分も多い。排ガス,大気,土壌等で統一法が策定されているおり,今後食品や人体試料等についてもマニュアル化が進められなければならない。また,分析における精度管理も重要になってくる。
今後の対策について
1996年から厚生省は都市ゴミ焼却場のダイオキシン類排出抑制強化、産業廃棄物焼却施設からの排出規制等の発生源対策を行っている。また環境庁でもダイオキシン類の大気中濃度の基準を設定した。更に、厚生省や環境庁、その他の省庁でもダイオキシン対策に乗り出し、大規模な実態調査も開始されている。このうち、厚生省から報告された母乳中ダイオキシン濃度の経年推移ではTEQ値でPCDD/PCDFが1973年の25.6pg/glipidから1996年では16.3pg/glipidと約2/3に減少していることが示された。これは、ダイオキシン類を含む農薬等が使用中止の影響も考えられ、また、魚介類の消費量等の食習慣の変化を調べる必要があると思われる。また、Co-PCBでは1973年の31.4pg/glipidから1996年では7.8pg/glipidと約1/4に減少している。これは70年代初めにPCBが使用禁止と生産中止されたことによると考えられる。オランダ、ドイツ、スウェーデン等では母乳中のダイオキシン類濃度はこの10年間に半減したと報告されている。これらの国々ではゴミ焼却場等の発生源対策が強力に進められた成果といわれている。今後、日本においてもゴミをできるだけ発生させないライフスタイルと発生源対策や汚染地域の修復により、ダイオキシン類による環境汚染、人体汚染の早急な低減化を進めなければならない。

問題点:

関連資料:
1)ダイオキシン入門 森田昌敏監訳 日本環境センター
2)しのびよるダイオキシン 長山淳哉
3)ダイオキシン汚染列島 長山淳哉監修 かんき出版
4)ごみ焼却に係わるダイオキシン類発生等防止技術、増田義人他 NTS(1997)
5)ダイオキシンと廃棄物処理 藤木良規  筑波出版会 丸善発売
6)ダイオキシンの話 酒井伸一 日刊工業新聞社
7)ダイオキシンから身を守る方 宮田秀明監修 成星出版
8)ダイオキシン汚染 青山貞一編 法研
9)ダイオキシンのリスク評価、環境庁ダイオキシンリスク評価委員会 中央法規
10)ダイオキシンゼロへの挑戦 駒橋徐・玉置真章 日刊工業新聞社
11)「お役所」からのダイオキシン 上田 壽 社
12)よくわかるダイオキシン汚染 宮田秀明 合同出版
13)忍び寄るダイオキシン類汚染 木村学而 用水と排水Vol.40 No.5 p430-434(1998)
14)ダイオキシンの測定分析状況及びケミカルはざーど対策設備の整備状況の調査結果全国公害研協議会 調査部 全国公害研会誌Vol.23No.1p47-52(1998)
15)ダイオキシンの法的基準と環境・人体汚染の現状、宮田秀明 大気環境学会誌 第32巻第6号A82-A91(1997)
16)廃棄物焼却とダイオキシン汚染をめぐる状況、藤原寿和 資源環境対策 Vol.33No.8 p686-691(1997)
17)基本から理解するダイオキシンの化学、村田徳治 資源環境対策 Vol.33 No.8 p692-697(1997)
18)地方議会が取り組んだ未規制.越境ダイオキシン汚染対策、「ダイオキシンを少なくし,所沢にきれいな空気を取り戻すための条例」の背景、山田幸代 資源環境対策 Vol.3 3No.8 p698-705(1997)
国内のダイオキシン分析機関一覧、資源環境対策編集室 資源環境対策 Vol.33 No.8 p706-713(1997)
20)ダイオキシン対策ーその後の動向、資源環境対策編集室 資源環境対策 Vol.33No.11 p1021-1026(1997)