No.919 カドミウムによる環境汚染

[ 詳細報告 ]
分野名:その他
登録日:2016/03/11
最終更新日:2016/05/27
衛研名:富山県衛生研究所
発生地域:富山県婦負郡婦中町・八尾町、富山市、上新川郡大沢野町
事例発生日:1967年~
事例終息日:
発生規模:認定患者181名(うち生存者7名)要観察者333名(うち生存者5名)いずれも平成10年3月31日現在
患者被害報告数:
死亡者数:
原因物質:カドミウム
キーワード:カドミウム、イタイイタイ病、要観察者、骨軟化症、近位尿細管機能異常、ディスク電気泳動法、β2-ミクログロブリン

背景:
イタイイタイ病は、富山県の中央部を貫流し、富山湾に注ぐ神通川の流域に発生している。神通川上流に位置する岐阜県神岡では、鉱山として1589年から採掘が開始されている。1887年からは近代的な経営がなされ、鉛、亜鉛の採掘・精錬や硫酸の製造等行う大鉱業所となった。鉛と亜鉛の産出量は年ごとに増大し、特に、第2次世界大戦中は軍の管理のもとで増産体制が敷かれた。
神岡鉱山は世界的にも優良な鉱山と言われるまでになったが、A株式会社神岡鉱業所からは、操業過程や堆積された鉱さいからカドミウム等の重金属を含む排水が、神通川上流の高原川に相当長期間継続して流出し、有害な重金属が多量に放流され、神通川流域の水田土壌等にカドミウム等の重金属が沈着堆積した。
このため、神通川流域では、大正時代から農業被害が発生していたほか、この流域の婦中町およびその周辺地域では、婦人を中心に地方病としての奇病がみられていた。
この病気は、全身各部の激しい痛みを訴え、重症者にあっては自分でうっかり体を動かしても身体各所の骨が折れ、耐えがたい痛みのために「痛い痛い」と悲鳴を上げていたこ
とから、「イタイイタイ病」と呼ばれていた。

概要:
1968年5月に発表された「富山県におけるイタイイタイ病に関する厚生省の見解」では、イタイイタイ病(以下「イ病」という。)本態と発生原因を次のように取りまとめている。
1)
カドミウムの慢性中毒によりまず腎臓障害を生じ、次いで骨軟化症をきたし、これに妊娠・授乳・内分泌の変調・老化および栄養としてのカルシウム等の不足などが誘因となって、イ病という疾患を形成したものである。
2)
本病の発生は、神通川流域の一定の地域にのみ限られている。
3)
慢性中毒の原因物質として、患者発生地域を汚染しているカドミウムについては、対照河川の河水およびその流域の水田土壌中に存在するカドミウムの濃度と大差のない程度と見られる自然界に由来するもののほかは、神通川上流のA株式会社神岡鉱業所の事業活動に伴って排出されたもの以外にはみあたらない。
4)
神通川本流水系を汚染したカドミウムを含む重金属類は、過去長年月にわたり同水系の用水を介して本病発生地域の水田土壌を汚染し、かつ、蓄積し、その土壌に生育する水稲・大豆等の農作物に吸収され、またおそらく地下水を介して、井戸水を汚染したものと見られる。
5)
このように過去長年月にわたって本病発生地域を汚染したカドミウムは、住民に食物や水を介して摂取され吸収されて、腎臓や骨等の体内臓器にその一部が蓄積され、主として更年期を過ぎた妊娠回数の多い居住歴ほぼ30年程度以上の当地域の婦人を徐々に発病にいたらしめ,十数年に及ぶものとみられる慢性の経過をたどったものと判断される。
また、1976年度から「イタイイタイ病及び慢性カドミウム中毒に関する総合的研究班」による調査研究が開始され、1989年9月、財団法人日本公衆衛生協会から、その中間とりまとめ報告がされており、それによると「ある程度以上のカドミウム曝露によって近位尿細管機能異常は起こることはあるが、その発生要件は必ずしも明らかでない。近位尿細管機能異常は、一般に自覚症状に乏しく、労働や日常生活に格別の支障はない。しかし、尿細管リン再吸収率や血中重炭酸イオン濃度の低下が著名な例では、その程度に応じて医師の指導が望ましいとされた。近位尿細管機能異常の可逆性、予後等については今後調査研究を行う必要がある。」と報告されている。

原因究明:

診断:

地研の対応:
富山県衛生研究所がイ病の検査に携わったのは1963年のことである。
当時は、富山県に大学の医学部が設置されていなかったので、金沢大学医学部が中心となって設置された厚生省、文部省の合同研究班でイ病の臨床・病理、発生原因に関連した基礎研究が行われることとなり、当衛生研究所長がその研究班に参加し、血液検査の一部を担当することとなった。
その後、この研究班では調査結果について検討が行われ、1966年9月30日の会議において、イ病の原因は「カドミウム+α」と結論づけられた。この結論を受け、1967年から富山県が県単独事業として神通川流域住民健康調査を開始し、衛生研究所が検査を担当することとなった。
健康調査の結果から要観察者が判定され、要観察者の管理検診が1968年から始まり血液・尿検査も実施された。
翌1969年9月、厚生省により取りまとめられた「カドミウムによる環境汚染に対する暫定対策要領」において健康調査方法が詳細に規定されたが、その中で尿中カドミウムの定量と電気泳動法による尿蛋白分画が新たに加えられた。
カドミウム汚染に伴う尿蛋白は、一般に低分子蛋白で、これは腎臓の糸球体で濾過された分子量数万以下の蛋白である。この蛋白の尿中濃度は低く数ミリグラムのレベルであっ
たので、通常は尿の濃縮なしには検出できない。しかし、ディスク電気泳動法は髄液の蛋白(正常者は数十ミリグラム)を濃縮なしで測定できるので、尿への応用法として検討し実用化に成功した。その後、ディスク電気泳動法は住民健康調査項目に採用されることになった。
1973年から当衛生研究所がスウェーデンのカロリンスカ研究所と共同研究を行い、尿中低分子蛋白の一つであるβ2-ミクログロブリン(β2-MG)の測定法を検討した。β2-MGがカドミウム慢性中毒の優れた指標であることを国内で最初に発表し、その研究結果により、1975年から神通川流域住民健康調査の検査項目に採用されることになった。この検査は、今日も重要な項目の一つとして引き続き測定されている。
一方、尿中カドミウムの微量な濃度を地域間で比較検討する際に、標準品や試薬を統一した内部及び外部精度管理の必要性を提案し、スウェーデンとの外部精度管理で良好な結果が得られたため、国際的にも当衛生研究所のカドミウム分析技術が高く評価された。

行政の対応:
1)調査研究
1955年10月、萩野昇・河野稔両博士により、第17回日本臨床外科学会において「イタイイタイ病に関する研究」と題して発表されて以来、県内外の研究者による発表が相次い
で行われた。富山県においては、1961年に県の規則において「富山県地方特殊病対策委員会」の設置を定め、その原因を調査研究し対策を講じることとし、発生地区や対照地区に
おいて疫学調査を開始した。
また、国においては1963年度に、厚生省および文部省の研究班が発足し、県地方特殊病対策委員会との合同研究が行われることとなった。
2)患者救済
患者等の救済の一環として、県は1968年から「イ病患者及び疑似患者等に対する特別措置要綱」を実施し、患者等の療養費を公費で負担することとした。この際、患者等を認定するために諮問機関として「イ病認定診査協議会」が設けられた。
翌1969年12月、「公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法」が公布され患者等の救済も同法によって実施されることとなった。同法では、患者の申請によって知事が「県公害健康被害認定審査会」の意見を聞き患者の認定を行うこととなっている。
患者認定に際して行う医学的検査については、1970年1月から厚生省公害部庶務課長通知により行われていたが、その後の研究に基づき、1972年6月からは環境庁公害保健課長通知で必要な検査項目を定め、その結果を総合したうえで認定条件に照らして審査することとなった。

◎イ病の認定条件(1972年6月環境庁公害保健課長通知概要)
[イ病患者] 次の(1)から(4)までのすべての項目に該当すること。

(1)カドミウム濃厚汚染地に居住し、カドミウムに対する曝露歴があること。
(2)次の(3)および(4)の状態が先天性のものではなく,成年期以後(主として更年期以後の女性)に発現したこと。
(3)尿細管障害がみとめられること。
(4)X線検査または生検によって骨粗しょう症を伴う骨軟化症の所見が認められること。この場合、骨軟化症の所見については、骨所見のみで確認できない場合でも、骨軟化症を疑わせる骨所見に加えて、次の2に掲げる検査事項(略)の結果が骨軟化症に一致すればこれを含めること。

[要観察者] 前記イ病認定条件のうち、(4)の条件を欠く場合、将来イ病に発展する可能性を否定できないので、要観察者として経過を観察する必要性が指摘されている。
3)住民健康調査
富山県では1967年度から、イ病患者の早期発見及びカドミウム汚染地域住民の健康管理を目的に健康調査を開始したが、1979年度からは環境庁からの委託事業も加え、神通川流域住民の健康調査を実施している。
これらの住民健康調査結果から経過観察を要する者に対しては、毎年管理検診を実施し、健康管理に努めている。
4)家庭訪問指導
県は、1968年「イタイイタイ病患者等に対する指導要綱」を定め、患者及び要観察者の家族に対し、保健予防対策を総合的に指導し、治療の促進及び発病予防を図るため、保健婦等による家庭訪問指導を実施している。

地研間の連携:

国及び国研等との連携:

事例の教訓・反省:

現在の状況:
神通川流域住民健康調査は、1976年度に環境庁により定められた住民健康調査方式に沿って行われてきたが、1997年7月に環境庁において、健康調査の今後のあり方について中間報告がとりまとめられた。
主な変更点は、近年の検査技術の進歩を踏まえ、効果的かつ効率的に調査を実施できるよう、調査項目等の見直しがされたこと、神通川流域のカドミウム汚染地域住民の健康管理の推進を図るため、保健指導の方針等が定められたことである。
富山県では、環境庁の委託を受け1979年度から住民健康調査を実施してきたが、1997年度からは、今回提言された方法により実施することとしている。

今後の課題:
カドミウム曝露による健康影響については、カドミウム汚染地住民にみられる近位尿細管機能異常の可逆性及び予後等未だ解明されていない問題があり、また、骨代謝異常に関する知見の収集等、最近の検査技術の進歩を踏まえて今後さらに検討が必要な課題もある。また、カドミウム曝露を受けていない一般の集団において加齢が近位尿細管機能を含めた腎機能に及ぼす影響や、カドミウム曝露を受けていない者においてみられる近位尿細管
機能異常の病像・自然史について、引き続き知見を収集する必要がある。住民健康調査の方法については、今後もこれら調査研究の成果及び新たな知見等を踏まえ、適時見直しを行う必要がある。

問題点:

関連資料:
1)「イタイイタイ病およびカドミウム中毒」環境保健レポートNo.56:財団法人日本公衆衛生協会(1989.9)
2)「健康行政の概要」:富山県厚生部健康課(1997.3)