No.1649 社会福祉施設におけるオウム病の集団発生

[ 詳細報告 ]
分野名:細菌性感染症
登録日:2016/03/08
最終更新日:2016/05/27
衛研名:川崎市健康安全研究所
発生地域:川崎市
事例発生日:2014年2月24日
事例終息日:2014年4月4日
発生規模:施設内(社会福祉施設)
患者被害報告数:11名
死亡者数:0名
原因物質:オウム病クラミジアChlamydophila (Chlamydia) psittaci (C. psittaci)
キーワード:オウム病クラミジア、肺炎、ハト、換気扇屋外フード、テトラサイクリン系抗生物質

背景:
オウム病は、Chlamydophila (Chlamydia) psittaciC. psittaci)を原因とする人獣共通感染症である。主に感染鳥の排泄物中に含まれるC. psittaci を吸入して感染するが、ペットのインコ等から口移しの給餌により感染する孤発例も多い。集団発生例に関しては、国内において動物園と鳥類飼育施設で発生した事例がこれまでに報告されているが、鳥や動物の飼育と関連のない集団発生の報告はない。そのような中で、社会福祉施設において原因不明の肺炎等呼吸器症状患者の集団発生が報告された。

概要:
2014年2月に川崎市内の社会福祉施設で、肺炎と診断された施設利用者が短期間に複数名発生した。現場の調査を実施し、同時に医療機関への検体提出を依頼して、川崎市健康安全研究所において病原体検索を行った結果、C. psittaciによる集団感染と判明した。ドバトを原因とするオウム病の集団発生の報告はなく、本事例は初めてのケースである。
2月28日の施設からの第一報によると、2月24日以降、5日間で肺炎患者が4例発生(うち3例が入院)し、職員も2名発熱していた。
施設の通所者は83名(定員80名)で、年齢は18~70歳(年齢中央値45歳)、男女比は2:1、明らかな免疫不全等の基礎疾患のある者はいなかった。また、職員は24名であった。施設における業務で、薬品の使用はなく、使用水も上水のみであった。施設内の清掃や消毒は行き届いており、入浴施設などの設置もなかった。エアコンの設置前は、室内が高温多湿になりやすい環境であったため、換気扇が多く設置されていたが、土日の休みの際は換気扇を止めており、平日もすべて稼働させているわけではなかった。
2013(平成25)年夏に開始された近隣の工事に伴い、周辺に鳩が増え、換気扇の屋外フードの内側に巣を作って繁殖するようになった。特に2階の部屋に設置された換気扇の屋外フード内には鳩のヒナも目撃されている。施設内ではペット等の動物の飼育はしておらず、周囲に病気の動物等はいなかった。
川崎市健康安全研究所において、呼吸器疾患ウイルスならびにクラミジア、さらに除外診断として細菌についての検査を併せて実施した結果、搬入された検体(咽頭ぬぐい液もしくは痰)計11例中4例から、C. psittaciが検出された。また、換気扇の室外フード内の鳩の糞からも同一の菌が検出された。
患者の発生は2月24日~3月1日に集中しており、施設利用者7例は2階の部屋を利用し、施設外での共通点はなかった。3月4~7日まで業者による清掃と換気扇フード内の鳩の駆除および防護網の設置が行われ、その後、同症状を呈する患者がみられず、作業から4週間が経過したため終息と判断した。

原因究明:
今回の事例では、同一施設内で発生した肺炎患者4例の呼吸器検体からC. psittaci(genotype B)が検出され、さらに換気扇の室外フード内の鳩の糞からも同一の菌が検出された。ドバトのC. psittaci保有率は20%と、他の動物に比し高いが、2013年8月から換気扇のフード内におり、半年以上接触の可能性があったにもかかわらず、肺炎患者の発生はなかった。したがって、通常であれば糞からの同菌の検出をもって感染源と特定することは難しいと考えられる。しかしながら、利用者は動物との接触や他の共通点がなく、同一階の部屋で短期間に集中して患者が発生したため、1~2週間の潜伏期間を考慮すると、2月15~17日頃に何らかの理由による一点曝露があったのではないかと考えられた。
2014年は、2月14~16日の間、2月中の神奈川県内の風速が最大となり、最低気温が0℃と低く、降雨量も最多であった。さらに2月14日は大雪で、翌15日、16日は施設が土日で休みのため換気扇を使用しておらず、積雪のためフード内に鳩が避難した可能性も十分考えられる。換気扇が複数設置されている場合、一部の換気扇のみを作動させると他の換気扇が吸気となることがわかっており、2月17日の施設再開の際に一部の換気扇の作動により、C. psittaci を含む多量の糞が室内に舞い込み、吸入したことで感染が成立し、一点曝露による肺炎の集団発生に繋がったのではないかと推察された。

診断:
初発患者のうち1例の検体(咽頭ぬぐい液・全血・血清)が、3月1日に川崎市健康安全研究所に搬入された。患者は高熱を主症状とするものの気道症状に乏しく、抗菌薬による市中肺炎の初期治療に反応しないことから疾患の鑑別に苦慮したため、川崎市健康安全研究所において呼吸器疾患ウイルスならびにクラミジア、さらに除外診断として細菌についての検査を併せて実施した。
リアルタイムPCRによるインフルエンザA型(インフルエンザH5、H7亜型含む)、MERSコロナウイルス、アデノウイルス、RSウイルスは陰性であり、コンベンショナルPCRによるヒトメタニューモウイルス、ライノウイルス、サイトメガロウイルスも陰性であった。LAMP法にてマイコプラズマ陰性、肺炎球菌・インフルエンザ桿菌・髄膜炎菌はグラム染色および培養にて否定、抗原検査キットでも肺炎球菌・インフルエンザb型菌・髄膜炎菌はすべて陰性であった。レジオネラ菌は培養にて陰性が確認された。しかしながら、ウイルス検査と並行して行っていたクラミジア属のompA遺伝子の保存領域におけるコンベンショナルPCRにおいて、咽頭ぬぐい液から予想される位置にバンドが認められたため、再度PCRならびにDNAシークエンスを実施し、最終的に集団発生の探知から3日でC. psittaciが原因と判明した。
その後搬入された検体(咽頭ぬぐい液もしくは痰)と合わせて、計11例中4例からC. psittaciが検出され、ompA遺伝子の可変領域におけるgenotypeの特定が可能であった3例はすべてgenotype Bであった。C. psittaciによる感染が判明したためミノサイクリンの投与を開始したところ、症状が劇的に改善した。

地研の対応:
本集団発生探知の翌日から、ウイルス検査担当が呼吸器系ウイルスならびにクラミジア、細菌担当が呼吸器系細菌の検査を行った。

行政の対応:
2月28日の施設からの第一報を受け、保健所、本庁および健康安全研究所間で情報を共有するとともに、施設に連絡して利用者および職員全員の健康観察を開始した。また、同日から施設での業務をいったん中止するよう要請した。さらに、医療施設への情報提供を行い、検体採取(血清、咽頭ぬぐい液もしくは気管洗浄液)を依頼した。
有症者について、肺炎を主たる症状とするウイルス、細菌ならびにクラミジアのPCR検査を実施した。併せて、施設内調査を実施し、ハトの糞便のオウム病クラミジア検査を実施した。その後、3月4~7日まで業者による清掃と換気扇フード内の鳩の駆除および防護網の設置を行った。
地方衛生研究所、本庁、保健所の連携を密にし、医療機関に迅速に検査結果を還元できたことで、患者の治療方針が決定され、症状が短期間で改善されるに至った。また、原因の解明により、集団発生の広がりを防ぐことができた。

地研間の連携:
特になし

国及び国研等との連携:
特になし

事例の教訓・反省:
国内で一般的に見かけるハト科の鳥であるドバトは、本来、乾燥地帯に生息し、岸壁の割れ目などの高い場所に営巣していたカワラバトが家禽化したもので、その習性からマンションやビル等の人工建造物が営巣場所になることが多く、しばしば糞害が問題になる。今回の事例のように天候や環境といった特殊な条件が揃うと、C. psittaciの保有率の高さから、再び同様の集団発生が起こらないとも限らない。ドバトが集まる場所では、定期的な清掃を実施して感染の防止に努めるとともに、清掃業者にも注意喚起をする必要がある。

現在の状況:
肺炎を主症状とする呼吸器疾患患者検体が搬入された場合、ウイルス・細菌検査と共にクラミジア検査も行っている。

今後の課題:
検体のうち喀痰は粘性が強く、マイクロピペットでの吸引に苦慮したため、それに対応した遺伝子抽出法も導入したいと考えている。

問題点:
川崎市ではウイルスと細菌検査担当に分かれており、クラミジアの検査については担当が未定であった。同じくクドア、ザルコシスチスならびにアニサキス等寄生虫の食中毒、さらにはリケッチア感染症も増加傾向にあるので、それらの対応も分担して行う必要がある。

関連資料:
三崎貴子ら, 社会福祉施設におけるオウム病の集団発生-川崎市, IASR 35; 153-154, 2014