No.109 有田市を中心として発生したコレラ

[ 詳細報告 ]
分野名:細菌性感染症
登録日:2016/03/17
最終更新日:2016/05/26
衛研名:和歌山県衛生公害研究センター
発生地域:和歌山県有田市と周辺町村
事例発生日:1977年6月11日
事例終息日:
発生規模:真性患者数24名、疑似患者数18名、健康保菌者数59名(2次発生時(由良町、8月)真性1、保菌者1含む)
患者被害報告数:
死亡者数:
原因物質:コレラ(エルトール・小川型)
キーワード:コレラ、集団発生、和歌山、有田、エルトール小川型、1977年6月

背景:
有田市及びその周辺で発生したコレラ事件は、昭和21年終戦による引き揚げコレラとして1,245名(内和歌山県6名)という大量発生があって以来、全国的にほとんど発生が見られておらず、コレラは医学的にも社会的にも過去の疾病の感が強い中で起こった突発的な事件であった。

概要:
有田市は和歌山県の紀北部と紀中部を結ぶ接点にあり、高野山に源を発する河川が市の中心部を流れ紀伊水道に注いでいるミカンと漁業の盛んな人口35,000人(当時)の街で、1977年6月11日12時頃、有田市A市立病院から湯浅保健所に電話による一報が入った。「下痢、嘔吐を主症状とする患者が3名入院した。患者のうち2名は同一症状であるが1名は症状が異なっている。食中毒(腸炎ビブリオ)を疑い大阪のS検査機関に検査を依頼した」との内容であった。
保健所は食中毒様との通報にしたがい、直ちに衛生課職員を現地に派遣し調査したところ、患者には各々会食の機会もなく、相互間の関係も見られなかった。喫食状況からも共通食品がなく、食中毒として疑問点があった。
その後、和歌山市のW医大、海南市のK市立病院にも同様の患者が入院していることが判り、この状況を踏まえ湯浅保健所では更に他の医療機関での類症患者の有無、及び患者の吐物、下痢便等を検体として細菌学的検査を実施した。患者数が8名に達するなかで、6月15日、湯浅町のS病院から「検査室で分離した菌株について、コレラ菌についての精査を必要とする」旨の通報が湯浅保健所を通じ県に入ったのでこの菌株についても精査することとした。県内を中心とした検査担当者(6名)等が立ち会いのもと「コレラ菌」について精査を行った結果「コレラ菌と判定いたしがたいが同菌を疑う点もあるので更に精査する。また、同菌株について国立予防衛生研究所(予研、現感染症研究所)に移送する必要がある。」との意見が述べられた。
同日夜、予研に飛行機で運ばれた菌株はコレラ菌(エルトール・小川型)と判定された旨、21時34分厚生省保健情報課を通じ県に通知があった。このことからW医大、S病院に入院中の患者各1名は真性コレラと診定された。

原因究明:
疫学的現象の解析、流行現象に関する解析から有田市特に同市A町を中心として発生したコレラは東南アジア等のコレラ汚染地域から何らかの形で空路侵入したものと考えられ、患者は6月9日から20日にかけて多発した。また、患者は男性の高年齢層、中年齢層に多く、職業では会社員が多かった。家族内二次感染率、および学校児童、生徒並びに幼児の発生率は低かった。
すなわち、何らかの形で侵入したコレラ菌は、単一暴露感染でなく地域あるいは職場において、トイレ、下水、井戸などの環境汚染、あるいは人から人への汚染、食品への汚染などいくつかの要因により、数次の流行が繰り返されたものと思われる。
なお、今回の流行におけるこれらの推定平均潜伏期間は2.28日であり、保菌者でも排菌量の多い例が見られた。

診断:

地研の対応:
防災計画での検査班の活動主体は患者が多発した地区住民と一部発生地区住民の保菌者検索を中心としたもので、県コレラ対策本部での検査体制としては衛生研究所長を班長として同衛研職員に保健所検査技師が応援する方式をとった。当初検査室は地元保健所を使う考えであったが、設備等の不備から和歌山市内にある当所を使用することとなった。感染源対策としての保菌者検索対象の拡大、環境物件についてのコレラ菌の検査、疫学的見地からのKapperphage等の特殊検査を含め検査活動を広範囲に行う必要に迫られた。これらの膨大な検査を当所のみで行うことについては、技術的にも物理的にも到底対応できない状況にあったので、当所と大阪検疫所和歌山下津支所(以下、下津支所)との間で作業分担することが厚生省公衆衛生局長等の指導を得て決定した。これにより、コレラ集団発生による検査は、県コレラ対策本部防疫対策部検査斑(当時衛生研究所)と下津支所を中心として行った。衛生研究所ではコレラ集団検便のコレラ菌検査、保健所分離株の同定、魚介、野菜、果物、牛乳および排水(下水)のコレラ菌検査、水質検査を実施した。検査総数は保菌者検索を主に57,853件に達した。このうちコレラ菌が検出された保菌者は59例(集団発生時58例,2次発生時1例)であった。
下津支所では、入院患者のコレラ菌定性および定量検査、海水のコレラ菌検査、特殊検査(KapperphageBdellovibrio)、流行コレラ菌の薬剤感受性及び性状試験、魚介類のコレラ菌検査及びKapperphageの検査、事業所集団検便のコレラ菌検査等合計3,283件(保菌者7例検出、衛生研究所保菌者と重複)にのぼった。

行政の対応:
1) 和歌山県コレラ対策本部(県庁)
6月15日午後防疫対策の方針の策定と並行し防疫対策本部の検討を進め、21時34分コレラと断定されるに及び22時15分に設置された。
2) 和歌山県コレラ防疫対策地方本部(湯浅保健所)
3) 有田市コレラ防疫対策本部各種対策を円滑(防疫は急を要することが多いので、出来るだけ現地で判断し対応するため)に行うとともに、特に、有田市コレラ対策本部長の要請もあって県から5名を有田市に派遣し、現地防疫業務の指導及び応援に従事させた。

地研間の連携:
検査の実施に当たっては、当所において6月18日から7月3日までの間、大阪府立公衆衛生研究所、神戸市環境衛生研究所から延べ81名の方々、また地研以外では特に大阪大学微生物病研究所、大阪市立大学病院検査室、桃山病院、城南病院、近畿臨床検査技師会の方々に協力を願った。
なお、当所における検査に協力を得た機関は、全体で県内外を含めて18機関(延べ881名、うち衛研355名)であった。

国及び国研等との連携:
疫学、防疫対策にあたり厚生省公衆衛生局、伝染病予防調査会専門委員等の指導を得た。
菌株の同定等検査については、国立予防衛生研究所の協力を得た。

事例の教訓・反省:
1) 検査班の初動に当たって
検便数があまりにも多いことと、逐次到着する技師等によって、混成技師団が形成される流れの中で体制は保菌者検索に没入したために環境検査の体制が遅れがちになった。
「コレラ検査法のマニュアル」を初めに用意して現場に向かったのが非常に役立った。大勢の技師が集合して検査を急ぐので、改めて検査の統一を是非とも図らなければならない。
2) 作業の分担
作業分担と言うことが初めから定められているものでないだけに、作業分担の案配を当初から考えることは重大なことがらであることを再確認する。すなわち、検体の特性、数量、所在、採取方法、各検査作業量等を勘案するとき、ある程度以上になると、検査能率向上のために、分担を考えるようになる。ただしこのことは早期に的確に行わなければならない。例えば、保菌者検索と環境検査に分けるとしたら、両者は疫学を目標にして、同時に進めなければならないからである。
3) 検査体制と検査施設
検査体制は現地保健所を中心に実施しょうとしたが、それは失敗して、中心を衛生研究所に移して実施した。今でも検査体制は現地で設営すべきと思っている。その理由は、技術的作業に伴う事務的作業、いわゆる検査室と現地作業との連携が極めて重要だからである。また、便を集め、増菌培養して、その便を現地で処分することが、病原菌の散逸をさけるうえで最も重要である。
現地から衛生研究所まで、自動車で1時間半を要するし、交通渋滞もしばしば起こる道程だからである。このことはまた、検出率を低下させる恐れがあるためである。現地設営失敗理由は恒温室を設置することが出来なかったことである。衛生研究所にあった恒温室2.5m×2.5m×3.9mと2.5m×5.0m×3.0mの狭い部屋でなんとか間に合ったのであるが、これに相当する部屋ごと37℃に暖めやすい小さな部屋を保健所で見いだすことができなかった。
4) 技術的作業に伴う事務的作業
1日2~3,000検体以上、場合によっては10,000検体もの大規模集団検便を咄嗟に行うとなると、平常時の検査室作業要領と違うことが起こるものである。今回の経験について2、3記しておきたい。
(検体連名簿作成)
検体の連名簿は検査室において、技術的作業と並行して作成するしかない。この点が少数検体を取り扱う場合と異なるところである。このとき事務的作業の人員は技術的作業の人員と同数、あるいはより多数必要であり、いかに、技術的作業に伴って事務的作業が多いかを痛感する。
(採便器の収集、包装、輸送)
300個位を一括ポリ袋か段ボール箱に入れて、日付、地区名、検体数等を標記して検査室に輸送すると良い。この作業は検査室員と時間や作業量(検体数)について連絡、打ち合わせをしながら調整するよう心がけねばならない。
(技師、技師助手、事務助手の所要人員数)
検査業務を流れ作業として行うためには、技師1、技師助手1、事務助手1とそれに連名簿作成すなわち小封筒記載事項を転記するための所要人員として事務助手3以上必要である。計6人が1組となって作業を流すことになる。
この作業は1組1日6時間が限界と思われる。平均的にみて、次のような検討が適当であろう。
1組 6人 1日6時間500件~1,000件
2組 各6人 1日各6時間1,000 ~2,000
4〃 〃 1〃 〃 2,000 ~4,000
8〃 〃 1〃〃 4,000 ~8,000
判定室要員)
熟練技師1、技術助手1が1組となり、別室を確保しなければならない。2組居ることが望ましい。この部屋は情報管理上重要な拠点となる。
5) 資材の所要量と流通
コレラの流行が、今回有田市及びその周辺で起こったように、いつどこででも可能性があると、一時全国各地で思われたようである。この影響からか、現に大量の検査のため、防疫資材の補給に懸命であった当所において、東京から大阪への輸送が遅滞しているとの話が伝わってきた。このような状況下での地研間の連携もまた必要と思われる。

現在の状況:
昭和52年に24名(県内)の発生があって以来、昭和62年1名、平成7年2名の散発の状況にある。地元における生活環境対策は一般廃棄物処理施設、浄化槽、水道施設等の整備が高度成長期と相まって充実され、県民の衛生思想の普及も行政からの啓発、メデイアからの情報等によって大きく向上して来ている。全国的にみた場合20年の歳月の中で益々国際化が進み、検疫、医療、検査体制も発展をしてきているが、反面、防疫において、海外旅行の急増、外国人労働者の雇用の拡大等人的交流の煩雑さ、輸入食品の急伸、流通食品の経路の拡大と複雑さ等新たな問題点を生じている。
また、新興感染症としてのエイズやエボラ出血熱の台頭や再興感染症としての結核等への防疫体制に新たな対応が要求されているなかで、1996年全国的に発生したO157による食中毒が当地でも5件連続して発生し、3,748件の検便、食品の検査を短期間、少人数(3人)で実施しなければならないなど、人的補強がなされていないこと、施設面、機器類の未整備などまだまだ改善されていない状況にある。

今後の課題:
1) 検査員の増員
2) 検査室の改築
3) 検査機器の整備
4) 迅速検査法の開発と研究
5) 検査についての保健所等との役割分担
6) 的確で、ホットな情報の収集

問題点:

関連資料:
1) 「有田市を中心として発生したコレラ誌」和歌山県編 (1978)
2) 「有田市のコレラ流行について」微生物部、和衛研年報・No.24・1978