No.16012 A型肝炎の集団発生事例

[ 詳細報告 ]
分野名:ウイルス性感染症
登録日:2017/04/04
最終更新日:2017/04/04
衛研名:滋賀県衛生科学センター
発生地域:滋賀県東近江市
事例発生日:2015年12月
事例終息日:2016年7月
発生規模:
患者被害報告数:8名
死亡者数:1名
原因物質:A型肝炎ウイルス
キーワード:A型肝炎、集団発生、死亡

背景:
A型肝炎はA型肝炎ウイルス(HAV)による感染症である。感染したヒトの便中に排泄されたウイルスを経口摂取することにより感染が拡がる。乳幼児では不顕性もしくは軽症であることが多いが、特に高齢者では重症化(劇症肝炎や死亡)することがある。上下水道等、衛生環境整備に伴いA型肝炎の大規模な集団発生は稀になり、50歳以下での抗体陽性者は少ない。
2003年11月の感染症法改正で「A型肝炎」として4類感染症に定められてから、2014年は全国的に最も多くの患者報告があった。国立感染症研究所(感染研)と各地方衛生研究所による塩基配列解析結果において、解析された2014年の159例のうち、137例由来株は遺伝子型IAであった。また、IA型の103例由来株は、塩基配列がほぼ同一かつ国内の広い範囲で検出された(IA広域型)(IASR Vol. 36 p. 1- 2: 2015年1月号)。滋賀県においては、2010年~2014年の5年間に0~3例/年で推移していた。
滋賀県東近江保健所管内の複数の医療機関から、2015年第52週から2016年第2週に発症したA型肝炎の患者が5例届出された。地域における集団発生を疑った保健所により、全体像の把握、原因究明等を目的として積極的疫学調査が実施された。

概要:
(1) 疫学調査およびウイルス遺伝子の塩基配列解析
患者を診断した病院および患者を認めた特定地域に所在するクリニックを対象として、A型肝炎の届出数の増加を情報提供し、過去に遡ったA型肝炎の届出を依頼したが、本事例と関連すると思われる患者に関する情報提供はなかった。
調査開始当初の5例(患者1-5)の患者(病院A;2例、病院B;1例、病院C;2例による診断)は、2015年12月22日から1月17日に発症した。全例が東近江市内かつ1例(患者3)以外は同市の近接した地域の在住者であった。本5例の届出後に、3例(患者6-8)のA型肝炎患者(2月1日、3月中旬と7月11日に発症)が、病院Cから届出された(合計8例)。本3例も他患者と同様に東近江市の近接した地域の在住者であった。
同一家族である患者1と2を除き、患者間に共通する行動歴や飲食店の利用等は認めなかった。また、患者1と2以外は推定感染時期に旅行歴はなく、東近江市内および自宅付近で行動および生活していた。患者1と2はそれぞれ異なる時期に喫食した牡蠣が感染源として疑われたが、喫食日を感染日とすると本症の潜伏期間と矛盾するため、診断医より牡蠣の喫食による感染は否定された。8例全てにおいて、同居する家族等の濃厚接触者でA型肝炎を疑う体調異常者および同居家族にはない患者に特異的な喫食歴や行動歴は認めなかった。
国立感染症研究所によるウイルスの塩基配列解析によると、8例全てから検出したウイルス遺伝子は2014年に全国的に認めたIA広域型であった。また、調査当時、IA広域型は国内において他地域では検出されなかった。
7例は軽快退院したが1例(患者6)は本症により死亡したため、本死亡例について報道発表した。
(2) 感染源調査および感染拡大の有無の確認
複数の患者が利用したスーパーの調理従事者を対象として検便を実施したが、HAV遺伝子は不検出であった。
東京大学の支援により、3例(患者4,5,7)の患者が利用していた水道水および井戸水からHAVの検出を試みたが、全て不検出であった。
5例(患者1-3、7、8)の患者家族を対象として検便(合計19名)および4例(患者1-3、7)の患者家族(合計9名)を対象として抗体検査を実施した。検便は全例が不検出であった。抗体検査は患者7の家族のうち1名が、抗HAV-IgM;陰性、抗HAV抗体;陽性であった。患者7は高齢者福祉施設のデイサービスの利用者であったため、当該施設の職員を対象として検便を実施し、全員の不検出を確認した。
患者8は患者7が利用していたデイサービスを提供する同系列の高齢者福祉施設の職員であったため、患者8が従事するフロア入所者を対象として検便を実施し、全員の不検出を確認した。また、主治医、肝臓専門医および職場の高齢者入所施設と協議し、患者8は、治癒後かつ便中ウイルスの不検出を確認した後に通常業務を開始した。
(3) 考察
本事例は、本県における通常の届出数よりも多い患者が短期間かつ特定地域に集積した集団発生事例であったと考えられる。全例から検出したウイルスがIA広域型であったことと、事例対応当時に国内他地域で同ウイルスを認めなかったことは、全例が同一の集団発生事例に関連する患者であったことを支持する。
各患者の行動範囲が限定的であることは、感染源が日常生活圏内に存在した可能性が高いことを示唆する。一方で、対応当初は共通の感染源や感染経路が存在することを考慮して調査が進められたが、喫食歴や行動歴など共通する暴露機会がないことにより、患者毎の感染源は異なるものと考えられた。抗HAV抗体陽性を認めた症例7の家族はIgM陰性であったため、数か月以上前の感染が疑われる。患者7の推定感染時期の行動が自宅近辺の狭い範囲であることを加味すると、患者7は本家族を感染源とする家族内感染例であった可能性は否定できない。したがって、患者7を例外とすると、患者家族への検便もしくは抗体検査の結果は、家族内感染もしくは家族内に共通する喫食や行動とは別の要因により、各患者がHAVに暴露した可能性が高いことを示唆する。しかしながら、感染源および感染経路を特定することはできなかった。
本事例対応では、感染症法に基づいて届出されたA型肝炎患者を対象としており、届出されていない患者および不顕性感染者は調査対象としていない。事例の全体像を過小評価している可能性はあるが、最終患者から他者への感染拡大防止について助言した後の約60日間(平均潜伏期間の2倍)に新規症例の発生がないことを確認し、保健所による対応を終了した。

原因究明:

診断:

地研の対応:
(1) ウイルス検査
PCR法による便中のウイルス遺伝子の検出
(2) 感染症発生動向調査感染症週報による情報提供
(3) 疫学調査等の支援
ア 集団発生の探知および事例対応初期の記述疫学の支援
イ 疫学調査の支援
ウ 報告書作成の助言
(4) 国立感染症研究所へのウイルス解析および疫学調査支援等の依頼

行政の対応:
(1)A型肝炎対策検討会議の開催(地域内医療機関の肝臓専門医、国立感染症研究所、県庁感染症主管課および食品安全主管課、衛生科学センター)
(2)郡市医師会、地域内医療機関への情報提供および患者情報の提供依頼
(3)ラジオや広報による地域住民への情報提供
(4) 東近江保健所管内の各高齢者福祉施設および関連団体への情報提供
(5) 死亡例に関する報道発表

地研間の連携:

国及び国研等との連携:
(1)ウイルスの遺伝子解析および抗体検査(国立感染症研究所ウイルス二部)
(2)疫学調査の支援(国立感染症研究所感染症疫学センター)
(3)井戸水および上水道からのウイルス検出(東京大学大学院工学研究科)

事例の教訓・反省:
保健所から地域住民、関連施設・医療機関および市町等とリスクコミュニケーションする手段を平時に確立すること

現在の状況:

今後の課題:

問題点:

関連資料: