病原体の特徴
2002年11月頃より、中国の広東省で流行しはじめた原因不明の重症肺炎は、2003年2月下旬に香港のホテルを起点として世界各国に一気に伝播した。各地で院内感染を中心としたアウトブレイクが起こり、この疾患は重症急性呼吸器症候群Severe acute respiratory symdrome(SARS)と命名された。その後速やかに、WHO主導の国際研究グループによって新型のコロナウイルスが病原体であることが発見され、4月16日にはこのウイルスに対して当面SARSコロナウイルス(SARS-CoV)という名称を用いることが提唱された。
SARS-CoVは、径約100nmのエンベロープを有する1本鎖 RNAウイルスで、ゲノム解析の結果より、ゲノムは約30,000ヌクレオチドと11のopen reading frameを有している。世界各地の患者から分離されたウイルス株の比較では、若干の塩基の差異はあるが大きな変異はみられていない。
ウイルスは、物の表面において室温で少なくとも1〜2日間は安定であり、スライドグラス上では96時間まで検出されることが示されている。下痢便中では、数日間感染性が保持されることが示されている。ただし、通常の消毒薬(0.05〜0.1%次亜塩素酸ナトリウムや消毒用エタノールなど)や80℃・10分間の熱水などによって感染性は速やかに消失する。
自然宿主は現在のところ不明であるが、中国の野生のコウモリ(キクガシラコウモリ)からSARS-CoVと極めて近似したウイルス遺伝子が検出されており、自然宿主である可能性が疑われている。当初、自然宿主として疑われていたハクビシンは、SARS-CoVに偶然感染したと考えられている。
現在、流行各国の研究室などにおいてSARS-CoVは保管されている。患者検体はバイオセーフティレベル2(BSL-2)以上で扱うことになっているが、培養増殖などの手技はレベル3以上で取り扱う必要がある。
主な臨床像
- 感染経路
ヒト-ヒト間で感染が起こり、感染様式は飛沫感染や濃厚な接触感染が主体であるが、空気感染も起こりうることが報告されている。1人の患者は平均で2~3人へ感染させると推計されているが、10人以上の感染原因となったSuper Spreaderと呼ばれる患者も存在した。中国南部で食用となっていたハクビシンなどの野生動物からヒトへの感染も推定されている。 - 潜伏期間
最短で1日、最長で14日、通常2~10日で、平均約4~6日である。不顕性感染があることもいくつかの報告によって示されているが、その頻度などについては不明である。 - 感染期間
潜伏期間中は他への感染力はないと考えられている。不顕性感染者からの2次感染の報告もない。病初期には排出されるウイルス量は少ないものの感染性はある。ウイルス排出量は発病後10日目頃にピークとなり、この前後が最も感染力が高い。治癒する頃(発病後3~4週間目)に抗体が陽性となり、体内からウイルスが消失する。解熱後10日目頃には感染性はなくなると考えられている。 - 臨床経過
初発症状としては38℃以上の発熱がほぼ全例に出現し、悪寒や頭痛、筋肉痛などのインフルエンザ様症状を伴うことが多い。咽頭痛や鼻症状は20%程度にしかみられない。発症後、3~7日後にほとんどの症例で乾性咳嗽が出現し、60~80%の症例で息切れが、20~70%の症例で下痢がみられるようになる。その後80%程度の症例では改善傾向となるが、残りの約20%の症例において呼吸不全が増悪し、その半数以上が人工呼吸管理を要する呼吸不全に陥り、さらにその半数が死亡する。死亡率は8,096名中774名、9.6%と報告されている。
増悪の危険因子としては、高齢や基礎疾患(糖尿病、B型肝炎)の有無などが指摘されている。年齢別の死亡率は、24歳未満では1%未満、25~44歳では6%、45~64歳では15%、65歳以上では50%以上である。
臨床検査所見
血液生化学検査
血液検査所見では、ほぼ全例において進行性のリンパ球減少(<1000 cells/μ l)がみられ、第2週病日目に最低値となる。CD4およびCD8 Tリンパ球ともに病初期から減少し、特にCD4は平均300 cells/μ l未満と著明に低下する。約半数の症例では、軽度の血小板減少(>50.000/μ l)がみられるが、重篤なものは少ない。生化学検査所見では、LDHおよびトランスアミナーゼの上昇や電解質異常(低Ca, P, Mg, Na, K血症)などが見られるが、リバビリンなどの治療薬による影響も指摘されている。
画像検査その他
胸部X線検査では、初診時に70〜80%の症例においてなんらかの異常が認められている。通常、片側の肺野末梢優位に比較的限局した斑状影から始まって、約半数の症例では、多発性ないし両側性の浸潤影およびスリガラス状影に進展する。陰影の範囲は病勢の悪化と相関し、約10〜20%の症例では重症となり、いわゆるARDS(成人呼吸窮迫症候群)の様相を呈する。空洞形成やリンパ節腫大、胸水貯留は通常みられない。2003年の流行時におけるベトナムのSARS症例の胸部X線像を図1に呈示する。胸部CTは、胸部単純X線より鋭敏に病変を検出できるために有用である。これらの画像所見は、香港中文大学のホームページにおいて公開されている(http://www.droid.cuhk.edu.hk/)。
確定診断
検体の採取、輸送、保存など
気道からの検体(鼻咽頭拭い液、喀痰等)、全血、血漿、血清などの血液検体、便、尿などがSARS-CoV検査のための検体となる。検体の処理および取り扱い等に関しては、国立感染症研究所の当該ホームページに詳細が記載されている(http://idsc.nih.go.jp/disease/sars/update111-ke.html)。
- 検体の種類
- ウイルス分離・遺伝子検索用
- 気道からの検体(鼻咽頭拭い液、喀痰等)は、特に発症10日目頃の検体が有用であるが、LAMP法やリアルタイムPCR法などのより高感度の方法を用いた場合には、発症0~3日目でも検出できる可能性が高いので、発症早期からこれらの方法による病原検出を試みることが望ましい。
- 全血、血漿、血清などの血液検体では、RT-PCR法、LAMP法などで、発症後比較的早い時期から陽性になり、発症21日目以降では陽性率が低下するとされる。
- 便はRT-PCR法、LAMP法を用いると発症早期より検出できる可能があり、発症10日目頃をピーク(ほぼ100%検出可能)として、発症1カ月頃まで検出が可能である。
- 尿はRT-PCR法、LAMP法を用いても発症早期の場合はウイルスの検出率が低く、発症10日目頃が最も検出率が高い。
- 抗体検査用
血清抗体価は発症28日目で陽性率約95%であるので、抗体価測定のための血清は (1) 発症10日目以内(通常初診時)と (2) 発症28日目以降のペアで必ず採取する。
- ウイルス分離・遺伝子検索用
- 検体毎の採取方法
- 喀痰
通常の方法にて、滅菌生理食塩水もしくは水道水で複数回うがいをして口腔内雑菌を除いた後、喀痰を採取してもらう。検体採取の際は、周りの人に飛沫が飛ばないよう、区切られた部屋で行うなどの対策を講じる必要がある。人工呼吸器管理の場合には無菌的な操作のもとに、滅菌されたカテーテルを使って気管吸引液を採取する。この際にはエアロゾル生成に十分な注意と感染防御を行う。 - 鼻咽頭拭い液あるいは鼻咽頭洗浄液/吸引液
通常の方法にて、鼻咽頭拭い液の場合には両方の鼻孔内を、口腔咽頭拭い液の場合には咽頭後壁および扁桃領域を拭い、スワブを2mlのウイルス輸送液体培地(ない場合は生理食塩水)を入れたスクリューキャップ付きプラスティックチューブに入れ、柄を折りとったのち、蓋をし、さらにパラフィルムにてシールする。洗浄液/吸引液の場合には、1~1.5mlの生理食塩液を鼻腔内に注入し、その後鼻咽頭分泌物を吸引する。 - 全血、血清、血漿
全血は抗凝固剤(EDTA等)入りの密栓できるプラスティックチューブに5ml採取する。血清、血漿は分離した後、1~2ml程度をスクリューキャップ付きプラスティックチューブに入れ、蓋をした後、さらにパラフィルムにてシールする。 - 便
10~50mlの便を50mlの生食に懸濁し、遠心分離後、上清2~3mlをスクリューキャップ付きプラスティックチューブに入れ、蓋をした後、さらにパラフィルムにてシールする。 - 尿
50mlの尿を遠心分離し、沈査を2~3mlの上清に懸濁させ、スクリューキャップ付きプラスティックチューブに入れ、蓋をした後、さらにパラフィルムにてシールする。
- 喀痰
- 検体送付方法
全ての検体について、48時間以内に検体を輸送することが可能な場合には、検体採取後直ちに冷蔵庫に保存し、4℃(保冷剤)で輸送する。48時間以上輸送することが不可能な場合は、検体採取後直ちに施設内で-70℃以下の冷凍庫に保存し、冷凍(ドライアイス)にて輸送する。
検体の包装等は、国立感染症研究所の「SARS検査材料の輸送」に関するマニュアルに従って、基本型三重包装容器に検体を入れる。(http://www.pref.chiba.jp/syozoku/c_kenzou/9sippei/sars/sarsbessi111.pdf)
微生物学的検査法
- ウイルス分離・遺伝子検出等の病原診断
LAMP法やリアルタイムPCR法などの遺伝子増幅法では、気道からの検体(鼻咽頭拭い液、喀痰等)は、特に発症10日目頃の検体から検出されることが多いが、発症0〜3日目でも検出できることがある。遺伝子増幅法では、全血、血漿、血清などの血液検体では、より発症後比較的早い時期から陽性になり、発症21日目以降では陽性率が低下するとされる。便からも、発症10日目頃をピーク(80%の検体で検出可能)として、発症1カ月程度まで遺伝子が検出できる(発症11週後の便からも検出された例があるが、疫学的には解熱後10日を過ぎて感染した例はない)。尿からの遺伝子検出率は低いが、発症10日目頃から20日目頃まで検出できることがある。いずれの検体を用いても遺伝子増幅法では100%陽性にならないため、遺伝子検出陰性の結果は必ずしもSARS陰性を意味しない。また、ウイルス分離率は遺伝子検出に比べて低く、特に便からの分離率は低い。一方、日本では未だ整備されていないが、抗原検出ELISA法による中国での調査では、発症1〜10日では100%の検体から血清中のSARS-CoVのN蛋白が検出されるという報告がある。 - 抗体検査
血清抗体価は、IgM, IgGとも発症9日頃から検出できる。発症2週目以降ではほとんどの検体で抗体陽性となるので、抗体価測定のための血清は、発症1週間以内の急性期(通常初診時)と発症2週目以降のペアで必ず採取する。さらに、可能な限り多くの病日に血清を保存することが望ましい。(ELISA法では、発症7日目頃より抗体陽性になる場合もある。) - 検査結果の判断
これらの検査で、次のいずれかが満たされた場合、SARS陽性とする.- 被験検体からSARS-CoVが分離された。
- 被験検体から遺伝子増幅法でSARS-CoV遺伝子が検出された。
- 被験検体から抗原検出ELISA法で、SARS-CoV蛋白が検出された(この検査法は、国内では未だ未整備)。
- 抗体検出法で判定された急性期と回復期に採取されたペア血清のSARS-CoVに対する抗体価が、有意に(4倍以上)上昇した。
次の場合、「SARS-CoV感染」を疑う。 ある時期の検体からSARSコロナウイルスに対する抗体が検出された(この場合、ペア血清で抗体価の上昇を確認する必要がある)。
治療
薬物療法(抗菌薬療法)
現在のところSARS-CoVに対する特異的な抗ウイルス薬やワクチンはない。
流行当初より、リバビリンとステロイドの併用療法が経験的に各国で広く使用された。リバビリンに関しては副作用も強く、有効性を示すデータにも乏しいことから、積極的に使用する根拠は今のところはないと考えられる。
ステロイドは、ウイルスおよびウイルス感染細胞を排除するために生じる激しい炎症性傷害を抑制する目的で使用される。ステロイドの種類や用量、投与期間、投与対象および投与時期などについては一定の見解は得られていない。SARSは無治療にて自然軽快する例もみられること、細菌や真菌による二次感染が危惧されること、ステロイドと大腿骨頭壊死との関連が示唆されていることなどを考慮して使用する必要がある。
その他、インターフェロンやグリチルリチン、抗HIVプロテアーゼ阻害剤などの既存の薬剤がin vitroでの検討や予備的使用によってSARS治療薬の候補としてあげられている。この中でインターフェロンは、in vitroで抗ウイルス作用を有することや、インターフェロン アルファコン-1(遺伝子組み換えコンセンサスインターフェロン)を用いた予備的な臨床比較試験の結果より有効性が示唆されており、期待のもてる治療法であると考えられる。
その他治療上の留意点
約10~20%のSARS患者が、重篤な呼吸不全のために人工呼吸管理が必要となる。鼻マスクによる非侵襲的陽圧換気療法(Non-invasive Positive Pressure Ventilation:NIPPV)は、気管内挿管による侵襲を2/3に減少できたと報告されている。設定としては、吸気圧(IPAP)は10 cm H2O以下に、呼気圧(EPAP)は4~6 cm H2O程度に設定し、これで十分な効果がみられなかった場合には、速やかに気管内挿管に移行する。NIPPVは有用であると思われるが、ウイルスの拡散を助長することも懸念されており、確実な感染防御が必要となる。
気管内挿管によるレスピレーター管理の方法は、ARDSに準じた設定でおこなう。従量式、従圧式いずれも用いられるが、一回換気量は5~6 ml/kg程度で、気道内圧が30 cm H2Oを超えないようにする。SARS患者では、人工呼吸管理をおこなっていない場合でも気胸や縦隔気腫をおこすことが知られており、人工呼吸管理による気圧傷害が高率(34%)におこることも報告されているため、終末呼気陽圧(PEEP)は低めに設定する。
診療にあたっては、発熱患者のトリアージ、手洗いやグローブ着用の他、N95マスクと防御キャップ、ゴーグル、ガウン等を含めた厳重な院内感染予防対策が必要であると考えられる。
予防(ワクチン)
現在、ホルムアルデヒドで殺したSARS-CoV(severe acute respiratory syndrome-associated coronavirus)を使った不活化ワクチンの開発が行われている。不活化には紫外線やβpropiolactoneも使用される。またウイルスを何世代にもわたって培養し、弱毒化して無害になるまで突然変異を繰り返させることにより弱毒ワクチンを作る方法も考えられている。これらのワクチンは副作用も多くまた製造に危険をともなう。SARS-CoVの構造タンパク質にはmembrane (M),spike (S),nucleocapsid(N), envelop(E)がある。これらのタンパク質を遺伝子組み換えによって発現させた弱毒化したアデノウイルスやワクシニアウイルス、牛パラインフルエンザウイルスをマウスやアカゲザルに注射して中和抗体やキラーT細胞が産生されることが確認されている。Sタンパク質は2つのサブユニットにわかれ、S1サブユニットのreceptor-binding domain(RBD) はアンギオテンシン変換酵素IIと結合し、S2サブユニットは細胞膜の融合を担う。これらの領域を発現した成分ワクチンやDNAワクチンが開発中である。
バイオハザード対策
患者の隔離
SARS-CoVが、バイオテロとして限られた地域で使用された場合においても、発症までの潜伏期間やヒト-ヒト間における強い感染力を考えると、先の流行時におけるCDCの症例定義に準じた患者対応が必要となる(国立感染症研究所感染症情報センター案;http://idsc.nih.go.jp/disease/sars/mgmt-06.html)。すなわち、SARSを心配して受診した患者には、マスクを着用させて、出来るだけ他の患者と接触しないような隔離室・個室等の場所に誘導し(トリアージ)、対応する職員および診療に当たる医療従事者は飛沫感染、接触感染、空気感染に対する個人予防策(手袋、ゴーグル、ガウン、N95以上のマスク着用)する。SARSの可能性が高い場合や診断が確定した場合には、原則個室入院として厳格なバリアナーシングを行う。
検体、菌、汚染器材等の取り扱い
SARSが疑われる患者検体の取り扱いについては、原則的には地方衛生研究所もしくはそれに準じる機関(以下「地衛研」)もしくは病院検査部において、BSL-2以上の実験施設でBSL-3の病原体に対する実験手技を用いておこなう。SARSコロナウイルスの分離はBSL-3施設を有する地衛研および国立感染症研究所ウイルス三部第一室のみで可能である。LAMP法またはRT-PCR法による遺伝子診断は、BSL-2以上の実験施設でBSL-3の病原体に対する実験手技を用いて地衛研もしくは医療機関においておこなう。検査結果は陰性陽性にかかわらず感染症情報センターに連絡し、陽性結果が得られた場合は、確認検査の為、感染研ウイルス三部に検体を送付する。確認検査及び血清抗体検査は、国立感染症研究所ウイルス第三部で対応可能である。また、SARSと類似の初期症状を呈するSARSコロナウイルス以外の既知の病原体の検査は、地衛研、病院検査部等で行う。
参考文献
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