第4世代神経剤(fourth generation agent: FGA)医学的管理の指針(2019年1月18日現在の情報)

本資料は米国Department of Health & Human Servicesが下記ウェブサイトで公開している情報
“Fourth generation agent: Medical management guidelines”の抄訳である。
https://chemm.nlm.nih.gov/index.html
日本の国情に合わせ一部を割愛するとともに情報源等を追加した。

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1.神経剤に共通する基礎知識
  • 神経剤は極めて毒性が高く、曝露されると直ちに意識消失、痙攣などを来たし、呼吸不全により死亡する可能性がある。
  • 神経剤は、吸入、経口摂取、皮膚への接触により速やかに吸収され致死的な全身症状を生じる可能性がある。
  • 症状出現までの時間的経過は、製剤の種類、曝露経路などにより異なる。吸入で最も早く効果が現れ、皮膚への接触では数時間、時に数日経過後に症状が現れる。
  • 皮膚、衣類、所持品等が神経剤で汚染されている患者を救護する際に、救助者が直接的な接触や、揮発したガスにより神経剤に曝露さる可能性がある。
  • 支持療法や除染と共に、抗コリン薬(アトロピンなど)、オキシム系アセチルコリン再賦活薬(プラリドキシム;PAM)、抗痙攣薬(ベンゾジアゼピン;ジアゼパム、ミダゾラム、ロラゼパム)の投与が神経剤中毒に対する治療の中心である。
神経剤曝露対処のABCDD
    Airway(気道確保)
    Breathing(呼吸)
    Circulation(循環および支持療法)
    Decontamination(除染
    Drug(抗コリン薬、PAM、抗痙攣薬)
2.第4世代神経剤(FGA)の臨床的特徴:他神経剤との比較
  • FGAはVXに似て揮発性が低いので液体として遭遇する可能性が高い。
  • 通常、皮膚接触から症状出現までの時間はVXより長く3日を要することがある。吸入、経口摂取、広範な皮膚接触の場合、症状は早期に出現する。
  • FGAは持続性の毒物であり除染を行わなければ、数日から数ヶ月、環境表面に残存する可能性がある。更なるFGAへの曝露を防ぐために、環境表面の除染が必須である。
  • 皮膚および毛髪の除染が重要である。剤が液体の場合、早期が望ましいが曝露から数時間から数日後であっても除染には臨床的意義がある。
  • 気管支収縮は、動物実験においてFGA中毒の顕著な所見であるが、数少ないヒト事例では観察されていない。発症した場合、治療は困難と予測される。
  • 痙攣は、動物実験においてFGA中毒の顕著な所見であるが、数少ないヒト事例では観察されていない。
  • FGA中毒患者は、長期に及ぶ薬物治療と集中的な支持療法を必要とする可能性がある。多数の傷病者が発生した場合、地域の医療現場に負荷を与える可能性がある。
3.神経剤中毒の典型的な自・他覚症状(コリン作動性トキシドローム)
    発症の様式やタイミングは神経剤の種類、用量、曝露経路により異なる。出現する可能性のある自・他覚症状は下記のとおりである。口/皮膚  :流涎(唾液分泌亢進)、口の周りの泡、過度の発汗
    鼻/目   :鼻汁、瞳孔の(しばしばピンポイント状)縮小(縮瞳)を伴う目の潤み(流涙)
    胸部   :咳、気管支痙攣(重症気管支収縮)、気管支漏(気道分泌亢進)、努力呼吸、喘鳴、呼吸不全
    泌尿生殖器:排尿過多
    腹部   :下痢、腹部(胃腸)痙攣、嘔気、ゲップ、嘔吐
    心拍数  :徐脈
    精神状態 :昏迷、傾眠
    筋骨格系 :単収縮、線維束性攣縮、痙攣、疲労、筋力低下
    神経学的 :振戦、不明瞭言語、運動失調、反射消失、痙攣、意識消失、昏睡

    患者は下記のSLUDGEやDUMBBELSの英語頭文字で表現される症状の様々な組合せを呈する。

    SLUDGE = Salivation(流涎), Lacrimation(流涙), Urination(排尿), Defecation(排便), Gastrointestinal upset(消化器症状), Emesis(嘔吐)

    DUMBBELS = Defecation(排便), Urination(排尿), Miosis(縮瞳)/Muscle weakness(筋力低下), Bronchospasm(気管支痙攣)/Bronchorrhea(気管支漏), Bradycardia(徐脈), Lacrimation(流涙), Emesis(嘔吐), Salivation(流涎)/Sweating(発汗)

その他注意事項

  • 上記の症状は、殆どがムスカリン様作用に基づくものである。但し、筋骨格系症状はニコチン受容体を介して発生し、ニコチン様作用として他にMTWHFの英語頭文字で表現される症状が出現する可能性がある。
    • Monday Mydriasis(散瞳)
      Tuesday Tachycardia(頻脈)
      Wednesday Weakness(筋力低下)
      THursday Hypertension(高血圧)
      Friday Fasciculation(線維束性攣縮)
  • 患者は上記症状の幾つかを示すが、必ずしも全てを示すとは限らない。症例により、縮瞳や気管支痙攣は顕著でないか出現しないことがある。
FGAを含む神経剤曝露に起因する症状は、オピオイドや他の違法薬物過量摂取との鑑別が臨床的に困難な場合がある。違法薬物中毒において複数薬剤の混合物や新たな違法薬剤の事例が増加している。ある種の薬物は、通常とは異なる臨床症状を呈する場合があり、化学兵器により引き起こされた症状と紛らわしい所見を呈する可能性がある。

病院前のケア

FGAは、対応者が、患者、その衣類や所持品、汚染された環境表面に接触した場合、深刻な2次曝露のリスクを生じる。同様に重要なことは、患者の除染が完了するまでFGAの皮膚沈着と吸収が続くので、患者除染が医療的介入と位置づけられことである。当事者に異常が生じていなくても、FGAは皮膚の表面や内部に存在する限り医学的リスクである。
4.2次曝露の防止
  • FGAは毒性が高く、少量の接触でも深刻な健康被害を生じる可能性がある。
  • 剤、汚染の可能性がある環境表面やヒトとの無防備な接触を避ける。
  • 交叉汚染の可能性を避ける。保護ゾーン、除染プロトコール、個人防護衣(PPE)の着脱に関し最大限の注意を払うことが、2次曝露と剤の環境への拡散を防ぐために極めて重要である。
  • 被曝の可能性があった場合、その処置毎に報告する。曝露から3日後まで発症の可能性がある。
  • 血液および体液はFGAに汚染されたものとして、取り扱いに十分な注意を払う。血液等に起因するリスクはデータが限られるが、FGAが体液中に残存し医療者に害を及ぼす懸念がある。
  • PPEの種類は、消防組織等の規程、業務内容、有害物質被曝の可能性などにより、選択する。
5.患者除染
    FGA被曝時は、患者皮膚および頭髪の除染が必須である。除染は医療的介入であり、剤の吸収を防ぐために可及的速やかに実施すべきである。しかし、除染は、数時間ないし数日後であっても、患者への害やその他の人々に対する2次被曝リスクを減らす可能性がある。
  • 衣類と所持品の除去は、進行中および2次的な被曝を減らすための重要なステップであり、相当量の化学剤を除去できる。汚染の拡大を最小限に留めるために、衣類の除去方法には特に注意を払う。
  • 汚染の疑いや確認済みの衣類をプラスチック袋に密封することが重要である。袋は、可能なら6ミル(訳者注:約0.15 mm)のポリプロピレン製品を2重にして用いる。患者衣類および所持品は、捜査等のために厳重に保管する。
  • ペーパータオル、乾いたワイプや布などで皮膚から吸い取ることも有効な除染手段である。Primary Response Incident Scene Management (PRISM)ガイダンスによれば、汚染された皮膚エリアは、10秒間吸い取った後、10秒間こすり取ることが推奨される。この乾的除染手順は患者自身で行うことも可能であり、脱衣とともに、極力早期に実施すべきである。脱衣と上記の乾的な吸い取りは、汚染化学物質を相当量除去し得る。
  • Reactive Skin Decontamination Lotion (RSDL)が使用可能であれば、現場での除染手段として推奨される。
  • 水除染は、脱衣後に確立した除染プロトコールに基づき実施すべきである。高容量、低圧シャワーを用い、できれば石けんを使って柔らかい布かスポンジで優しくこすりながら洗浄するのが望ましい。シャワー後には清潔なタオルを用いて積極的に乾かす。しかし、石けんやRSDLなどの除染資機材の到着を待つために、除染を遅らせてはならない。
  • アルコールを含有する手指消毒剤等を除染等の目的で用いてはならない。FGAの吸収が促進されるからである。
  • 皮膚除染の目的で漂白剤を用いてはならない。
  • FGAは水で分解しないので、除染排水に触れてはならない。
  • 米国環境保護庁(Environmental Protection Agency, EPA)は、初期対応者が人命救助と健康保護を優先することを容認する旨の声明を2000年に発表した。切迫する脅威が落ち着いたなら、初期対応者は、除染廃液を含む汚染物を封じ込め、環境汚染を軽減するよう、あらゆる手段を講じなければならない。
6.治療
支持療法および対症療法を細心の注意をもって行うことが、初期患者管理の要点である。FGA中毒は、治療薬の初期および通常推奨されている投与量に対し抵抗性であり、他の神経剤に比べ、はるかに高用量かつ長期間の薬物治療を必要とする。
  • 支持療法および除染とともに、抗コリン薬(アトロピンなど)、オキシム系アセチルコリン再賦活薬(プラリドキシム;PAM、その他)、抗痙攣薬(ベンゾジアゼピン;ジアゼパム、ミダゾラム、ロラゼパム)の投与が神経剤中毒に対する治療の中心である。この神経剤曝露対応策を記憶するには、以下のABCDDsと憶えればよい。Airway(気道確保)、Breathing(呼吸)、Circulation(循環および支持療法)、Decontamination(除染)、Drug(抗コリン薬、PAM、抗痙攣薬)
    -救命治療(ABCs)を行うことにより、除染前および除染中、また薬物投与中の生体機能維持が確実となる。
    -除染(D)は、体外(皮膚)投与が体内投与に移行することを最小限に抑えるための医学的介入である。支持療法同様に重要であり、薬物療法は救命的意義がある。除染は可及的速やかに実施すべきであるが、FGAの場合、曝露数時間ないし数日後であっても一定の有効性がある。
    -薬物(D)は、抗コリン薬アトロピン、オキシム系アセチルコリン再賦活薬PAM等、抗痙攣薬としてベンゾジアゼピンのジアゼパム、ミダゾラム、ロラゼパムが用いられる。抗コリン薬は分泌物が減り気道抵抗(呼吸困難、換気困難)上昇が改善するまで投与する。PAMの投与は、筋力低下などのニコチン様作用(アトロピンは無効)が続く限り継続する。抗痙攣薬は、重症例の場合、他治療薬との相乗作用が期待できるので、痙攣が出現していなくても初期に投与する。痙攣が認められる場合には、消失するまで投与を続ける。
  • 自動注射器(Auto-injector; AI)は、神経剤曝露の治療として、薬物を筋肉内注射(IM)するために主に軍事領域で用いられてきたが、その他の場合も使用可能である。病院前で特に有用であるが、重症例では静脈内(IV)あるいは骨髄内(IO)投与が望ましい。ロラゼパムは鼻内(IN)投与も有効である。
      -アトロピンとPAM等は、単一のAI{DuoDoteもしくはAntidoteTreatment Nerve Agent Autoinjector (ATNAA)}あるいは同梱だが別個のAI(Mark 1 kit)や個別のAI(アトロピン用量が、2, 1, 0.5, 0.25 mgの何れか)とPAM 600 mgを有するAIの組合せなどの形で使用可能である。
      -ジアゼパムAIには、Convulsant Antidote for Nerve Agent (CANA)という製品があるが、ミダゾラムとロラゼパムにAI製剤はない。
      (訳者注: 日本においてはいずれの自動注射器(AI)も未承認である。)
  • 病院前神経剤薬物治療の手順は以下表を参照
    • 救急隊は治療プロトコールに則り活動する。
    • FGA中毒の治療には、通常の神経剤に比べ、より長期にわたり反復して薬物投与を必要とする可能性がある。
    7.標準治療に抵抗性の場合
      呼吸促迫/気管支痙攣
      • アトロピン2-6 mgの反復投与量は、気管支痙攣と気道分泌物をコントロールするために必要十分となるよう調整する。累積投与量は通常臨床的に用いられる量に比べ遙かに高用量となる可能性がある。
      • アトロピン反復投与で重症な気管支収縮や気道抵抗上昇が改善しない場合、アルブテロール単独もしくはイプラトロピウムとの合剤のネブライザー吸入療法を行う。

      痙攣

      • 痙攣が止まるまで、ベンゾジアゼピン(ジアゼパム、ミダゾラム、ロラゼパム)の反復投与を行う。
      • ベンゾジアゼピンを大量に投与した場合、機械的人工呼吸が必要か否か監視する。
    8.汚染廃棄物の処理
      使用したPPE、体液、患者の処置に伴い発生した廃棄物は、通常の廃棄物と分別し、特別の注意を払って取り扱う。これらは化学剤で汚染されている可能性がある。詳細は16. 汚染廃棄物の管理を参照。

    病院内のケア

    病院職員が、患者、衣類、所持品、汚染表面等に付着するFGAに接触した場合、2次汚染の重大なリスクが生じる。同様に重要なことは、患者の除染が完了するまでFGAの皮膚沈着と吸収が続くので、患者除染が医療的介入と位置づけられことである。当事者に異常が生じていなくても、FGAは皮膚の表面や内部に存在する限り医学的リスクである。
    9.2次被曝の防止
    • FGAは毒性が高く、少量の接触でも深刻な健康被害を生じる可能性がある。
    • 剤、汚染の可能性がある環境表面やヒトとの無防備な接触を避ける。
    • 交叉汚染の可能性を避ける。保護ゾーン、除染プロトコール、個人防護衣(PPE)の着脱に関し最大限の注意を払うことが、2次曝露と剤の環境への拡散を防ぐために極めて重要である。
    • 被曝の可能性があった場合、その処置毎に報告する。曝露から3日後まで発症の可能性がある。
    • 血液および体液はFGAに汚染されたものとして、取り扱いに十分な注意を払う。血液等に起因するリスクはデータが限られるが、FGAが体液中に残存し医療者に害を及ぼす懸念がある。
    • PPEの種類は、消防組織等の規則、業務内容、有害物質被曝の可能性などにより、選択する。
    10.患者除染
      FGA被曝時は、患者皮膚および頭髪の除染が必須である。除染は医療的介入であり、剤の吸収を防ぐために可及的速やかに実施すべきである。しかし、除染は、数時間ないし数日後であっても、患者への害やその他の人々に対する2次被曝リスクを減らす可能性がある。
      • 衣類と所持品の除去は、進行中および2次的な被曝を減らすための重要なステップであり、相当量の化学剤を除去できる。汚染の拡大を最小限に留めるために、衣類の除去方法には特に注意を払う。
      • 汚染の疑いや確認済みの衣類をプラスチック袋に密封することが重要である。袋は、可能なら6ミル(訳者注:約0.15 mm)のポリプロピレン製品を2重にして用いる。患者衣類および所持品は、捜査等のために厳重に保管する。
      • ペーパータオル、乾いたワイプや布などで皮膚から吸い取ることも有効な除染手段である。PRISMガイダンスによれば、汚染された皮膚エリアは、10秒間吸い取った後、10秒間こすり取ることが推奨されている。この乾的除染手順は患者自身で行うことも可能であり、脱衣とともに、極力早期に実施すべきである。脱衣と上記の乾的な吸い取りは、汚染化学物質を相当量除去し得る。
      • RSDLが使用可能であれば、現場での除染手段として推奨される。
      • 水除染は、脱衣後に確立した除染プロトコールに基づき実施すべきである。高容量、低圧シャワーを用い、できれば石けんを使って柔らかい布かスポンジで優しくこすりながら洗浄するのが望ましい。シャワー後には清潔なタオルを用いて積極的に乾かす。しかし、石けんやRSDLなどの除染資機材の到着を待つために、除染を遅らせてはならない。
      • アルコールを含有する手指消毒剤等を除染等の目的で用いてはならない。FGAの吸収が促進されるからである。
      • 皮膚除染の目的で漂白剤を用いてはならない。
      • FGAは水で分解しないので、除染廃液に触れてはならない。
      • 米国EPAは、初期対応者が人命救助と健康保護を優先することを容認する旨の声明を2000年に発表した。切迫する脅威が落ち着いたなら、初期対応者は、除染廃液を含む汚染物を封じ込め、環境汚染を軽減するよう、あらゆる手段を講じなければならない。
      • FGAは皮膚に長く残存するため、患者皮膚は数日間にわたり除染の反復を必要とする場合がある。この反復除染に関しては専門家の助言を受けることが望ましい。
    11.検査用検体の保存
      神経剤中毒では血清(ブチル)および赤血球(アセチル)コリンエステラーゼの低下を来す。しかし、FGAや他の有機リン剤を検出する迅速検査法は一般的には利用できない。血液および尿検体を保存すること。

      訳者注:米国内参照・連絡先等は省略した。また、検体の処理方法に関しては日本中毒情報センターのウェブサイトを参照されたい。

    12.治療
    支持療法および対症療法を細心の注意をもって行うことが、初期患者管理のカギとなる。FGA中毒は、治療薬の初期および通常推奨されている投与量に対し抵抗性であり、他の神経剤に比べ、はるかに高用量かつ長期間の薬物治療を必要とする。
    • 支持療法および除染とともに、抗コリン薬(アトロピンなど)、オキシム系アセチルコリン再賦活薬(プラリドキシム;PAM、その他)、抗けいれん薬(ベンゾジアゼピン;ジアゼパム、ミダゾラム、ロラゼパム)の投与が神経剤中毒に対する治療の中心である。この神経剤曝露対応策を記憶するには、以下のABCDDと憶えればよい
      Airway(気道確保)、Breathing(呼吸)、Circulation(循環および支持療法)、Decontamination(除染)、Drug(抗コリン薬、PAM、抗痙攣薬)
      • -救命治療(ABCs)を実施することにより、除染前および除染中、また薬物投与中の生体機能維持が確実となる。
        -除染(D)は、体外(皮膚)投与が体内投与に移行することを最小限に抑えるための医学的介入である。支持療法同様に重要であり、薬物療法は救命的意義がある。除染は可及的速やかに実施すべきであるが、FGAの場合、曝露数時間ないし数日後であっても一定の有効性がある。
        -薬物(D)は、抗コリン薬アトロピン、オキシム系アセチルコリン再賦活薬PAM等、抗痙攣薬としてベンゾジアゼピンのジアゼパム、ミダゾラム、ロラゼパムが用いられる。抗コリン薬は分泌物が減り気道抵抗(呼吸困難、換気困難)上昇が改善するまで投与する。PAMの投与は、筋力低下などのニコチン様作用(アトロピンは無効)が続く限り継続する。抗痙攣薬は、重症例の場合、他治療薬との相乗作用が期待できるので、痙攣が出現していなくても初期に投与する。痙攣が認められる場合には、消失するまで投与を続ける。
    • 自動注射器(Auto-injector; AI)は、神経剤曝露の治療として、薬物を筋肉内注射(IM)するために主に軍事領域で用いられてきたが、その他の場合も使用可能である。病院前で特に有用であるが、重症例では静脈内(IV)あるいは骨髄内(IO)投与が望ましい。ロラゼパムは鼻内(IN)投与も有効である。
      • -アトロピンとPAM等は、単一のAI{DuoDoteもしくはAntidote Treatment Nerve Agent Autoinjector (ATNAA)}あるいは同梱だが別個のAI(Mark 1 kit)や個別のAI(アトロピン用量が、2, 1, 0.5, 0.25 mgの何れか)とPAM 600 mgを有するAIの組合せなどの形で使用可能である。
        -ジアゼパムAIには、Convulsant Antidote for Nerve Agent (CANA)という製品があるが、ミダゾラムとロラゼパムにAI製剤はない。
        (訳者注: 日本においてはいずれの自動注射器(AI)も未承認である。)
      病院前神経剤薬物治療の手順は以下表を参照
    • FGA中毒の治療には、通常の神経剤に比べ、より長期にわたり反復して薬物投与を必要とする可能性がある。
    13.標準治療に抵抗性の場合
      呼吸促迫・気管支痙攣
      • アトロピン2-6 mgの反復投与量は、気管支痙攣と気道分泌物をコントロールするために必要十分となるよう調整する。
      • アトロピン投与量は通常臨床的に用いられる量に比べ遙かに高用量となる可能性がある。
      • イプラトロピウム(あるいは他の抗ムスカリン薬)の吸入薬もしくはネブライザーと以下のβ作動薬併用が可能である。
      • 抗ムスカリン療法を最大限行っても気管支痙攣が残る場合、以下のβ作動薬の併用を考慮する。
      • -短時間作用性β作動薬(Short-Acting-Beta-Agonist; SABA):アルブテロール 2.5 mg/3 mLの吸入もしくはネブライザー投与、テルブタリン 1 mg/mL。
        -患者数および薬剤供給事情によるが、以下の長時間作用性β作動薬(Long-Acting-Beta-Agonist; LABA)投与を考慮する:ホルモテロール 0.02 mg/2 mLの吸入もしくはネブライザー投与、サルメテロール 0.05 mgの吸入投与。

      • 抗ムスカリン治療および気管支拡張治療に不応性の重症患者には、切迫呼吸不全対する標準治療を行う。
      • -反応性気道疾患の治療と同様、コルチコステロイドの全身投与を考慮する
        (例:メチルプレドニゾロン 1-2 mg/kg)
        -硫酸マグネシウム 2 gの静注投与

      • 患者が急性肺障害(Acute Lung Injury; ALI)の病態を呈し、機械的人工呼吸を受けている場合、換気改善のために下記の様なALI標準治療方略を用いることを考慮する。
      • -筋弛緩薬の投与
        -体外循環

      • 呼吸困難の病因はコリン作動性クリーゼであり換気改善のために筋弛緩薬を投与する場合でも、気道分泌量を指標として抗コリン療法を行う必要がある。筋弛緩薬投与時には、痙攣の有無を確認するために脳波をモニターすべきである。

      痙攣

      • 痙攣のコントロールにはベンゾジアゼピンの反復投与が必要な場合がある。
      • バルビタールの投与も考慮すべきである。
      • ベンゾジアゼピンやバルビタールを反復投与した場合、機械的人工呼吸が必要か否か監視する。
      • 化学物質で誘発された痙攣は、フェニトイン、レベチラセタムのような一般的な抗痙攣薬に反応しない可能性がある。
      • 気管挿管のために筋弛緩薬を投与すると見かけ上体動が止まるが脳内の痙攣活動は継続している可能性がある。医療機関の状況に応じ、全身麻酔による鎮静や薬物投与による昏睡が必要な場合がある。
      • 可能なら脳波モニターを開始する。
      • 治療抵抗性の痙攣重積は、確立したガイドラインに準拠して治療する。
    14.その他の追加的情報
    • 英国で発生したFGA中毒事例の経験によると、PAMが患者の血圧および腎血流維持に有効との印象が得られた。その機序は不明である。
    • 血行動態が不安定で標準治療に抵抗性の重症患者に対しては、理論的に有効と考えられる追加的治療を考慮しても良い(例:脂肪乳剤の静脈内投与)。
    15.汚染廃棄物の処理
      使用したPPE、体液、患者の処置に伴い発生した廃棄物は、通常の廃棄物と分別し、特別の注意を払って取り扱う。これらは化学剤で汚染されている可能性がある。詳細は16. 汚染廃棄物の管理の項を参照。

    表 1. Pre-Hospital Treatment Recommendations (Autoinjector-Based) Nerve Agent Poisoning

    Patient Age Antidotes Additional Treatment
    Mild/Moderate Symptoms Severe Symptoms
    Infant
    (0-2 yrs)
    Atropine 0.05 mg/kg IM or Atropine AI 0.25 mg or 0.5 mg

    AND

    2-PAM 15-30 mg/kg IM

    Atropine 0.1 mg/kg IM or Atropine AI 0.25 mg or 0.5 mg

    AND

    2-PAM 45 mg/kg IM;

    AND

    Midazolam 0.15 mg/kg IM

    OR

    Lorazepam 4 mg IM

    OR

    Lorazepam 0.1 mg/kg IN

    OR

    Diazepam 0.2-0.5 mg/kg IM

    For mild/moderate, repeat atropine (2 mg) (for child 3-7 yrs, 1 mg; for infant, 0.25-0.5 mg) at 5-10 minute intervals until secretions have diminished and breathing is comfortable or airway resistance has returned to near normal.

     

    For severe, repeat atropine as above but at 2-5 minute intervals.

     

    Anticonvulsant should be administered in severe cases whether seizures are apparent or not.

     

    If convulsions are present, repeat benzodiazepine until convulsions resolve.

     

    Assisted ventilation should be started as needed after administration of antidotes.

    Child
    (3-7 yrs;
    13–25 kg)
    1 Atropine AI 1 mg

    AND

    1 2-PAM AI or 2-PAM 15-30 mg/kg IM

    1 DuoDote; OR 1 Atropine AI 2 mg

    AND 1 2-PAM AI or 2-PAM 45 mg/kg IM;

    AND

    Midazolam 5 mg IM

    OR

    Lorazepam 4 mg IM OR

    Lorazepam 0.1 mg/kg IN

    OR

    1 CANA

    Child
    (8-14 yrs;
    26-50 kg)
    1 DuoDote; OR 1 Atropine AI 2 mg

    AND

    1 2-PAM AI or 2-PAM 15-30 mg/kg IM

    2 DuoDote; OR 2 Atropine AI 2 mg AND 2 2-PAM AI or 2-PAM 45 mg/kg IM;

    AND

    Midazolam 5 mg IM

    OR

    Lorazepam 4 mg IM OR

    Lorazepam 0.1 mg/kg IN

    OR

    1 CANA

    Adolescent
    (>14 years)/ Adult
    1 to 2 DuoDote; OR

    1 to 2 Atropine AI 2 mg

    AND
    1 2-PAM AI

    3 DuoDote;

    AND

    1 CANA

    OR

    Midazolam 10 mg IM

    OR

    Lorazepam 6 mg IM/IN

    Elderly, frail 1 DuoDote 2 to 3 DuoDote; OR

    1 to 2 Atropine AI 2 mg

    AND

    2 to 3 2-PAM AI;

    AND

    1 CANA

    OR

    Midazolam 10 mg IM

    OR

    Lorazepam 6 mg IM/IN

    Autoinjector Products:
    DuoDote = ATNAA = Mark 1 kit = Atropine 2 mg + 2-PAM 600 mg AI
    Atropine AI = various doses, two different manufacturers*
    2-PAM AI = 2-PAM 600 mg AI
    CANA = Diazepam 10 mg AI
    表の出典として、以下サイトを参照
    https://chemm.nlm.nih.gov/nerveagents/FGAMMGPrehospital.htm

    表2.神経剤中毒に対し推奨される病院内治療(年齢・体重別)

           
    年齢・体重 拮抗薬・解毒薬 追加的治療
    軽傷/中等症 重症
    乳幼児
    (0-2歳)
    アトロピン0.05 mg/kg
    および
    PAM 15-30 mg/kg IV/IO/IM
    アトロピン0.1 mg/kg
    IV/IO/IM
    および
    PAM 45 mg/kg
    IV/IO/IM
    および
    ミダゾラム 0.15 mg/kg IV/IO/IM
    もしくは
    ロラゼパム 4 mg IV/IO/IM
    もしくは0.1 mg/kg IN
    もしくは
    ジアゼパム 0.2-0.5 mg/kg IV/IO/IM
    軽症/中等症
    アトロピン反復投与
    成人 2 mg
    小児(3-7歳) 1 mg
    乳幼児 0.25-0.5 mg
    5-10分毎、分泌物減少および気道抵抗正常化
    もしくは呼吸が容易になるまで投与継続

    重症例
    アトロピンを上記と同様の用量で反復投与
    投与間隔は2-5分毎

    抗痙攣薬:重症例では明らかな痙攣の有無に拘わらず投与

    痙攣継続の場合、停止するまでベンゾジアゼピン反復投与

    呼吸補助:解毒薬等投与後必要に応じ実施
    小児
    (3-7歳)
    13-25 kg
    アトロピン1 mg IV/IO/IM
    および
    PAM 15-30 mg/kg IV/IO/IM
    アトロピン2 mg IV/IO/IM
    もしくは
    アトロピン0.1 mg/kg IV/IO/IM
    および
    PAM 45 mg/kg IV/IO/IM
    および
    ミダゾラム 5 mg IV/IO/IM
    もしくは
    ロラゼパム 4 mg IV/IO/IM
    もしくは 0.1 mg/kg IN
    もしくは
    ジアゼパム 0.2-0.5 mg/kg IV/IO/IM
    小児
    (8-14歳)
    26-50 kg
    アトロピン2 mg IV/IO/IM
    および
    PAM 15-30 mg/kg IV/IO/IM
    アトロピン4 mg IV/IO/IM
    および
    PAM 45 mg/kg IV/IO/IM
    および
    ミダゾラム 5 mg IV/IO/IM
    もしくは
    ロラゼパム 4 mg IV/IO/IM
    もしくは 0.1 mg/kg IN
    もしくは
    ジアゼパム 0.2-0.5 mg/kg IV/IO/IM
    >14歳・成人 アトロピン2-4 mg IV/IO/IM
    および
    PAM 600 mg IV/IO/IM
    アトロピン6 mg IV/IO/IM
    および
    PAM 1800 mg IV/IO/IM
    および
    ジアゼパム 10 mg IV/IO/IM
    もしくは
    ミダゾラム 10 mg IV/IO/IM
    もしくは
    ロラゼパム 6 mg IV/IO/IM/IN
    高齢者・
    フレイル患者
    アトロピン2 mg IV/IO/IM
    および
    PAM 10 mg/kg
    IV/IO/IM
    アトロピン2-4 mg IV/IO/IM
    および
    PAM 25 mg/kg IV/IO/IM
    および
    ジアゼパム 10 mg IV/IO/IM
    もしくは
    ミダゾラム 10 mg IV/IO/IM
    もしくは
    ロラゼパム 6 mg IV/IO/IM/IN

    PAM=プラリドキシム、IV=静脈内投与、IO=骨髄内投与、IM=筋肉内注射、IN=鼻内投与
    16.汚染廃棄物の管理
      一旦、救命のための活動が落ち着いたなら、現場指揮者は、現場に特異的な健康および安全確保計画とともに、包括的な廃棄物管理計画を策定しなければならない。当該事態に特異的な汚染廃棄物管理計画は以下の要点を示すべきである。
    • 化学剤等への曝露や疑い事例においては、早期から捜査および証拠保全のための試料・検体等の保存を考慮しなければならない。適切な試料を十分量保存するために、捜査機関への照会が必要な場合がある。
    • 捜査および証拠保全のための試料・検体は、通常の廃棄物処理とは別に、確実に保管しなければならない。一度「証拠物」と認定されれば、単なる廃棄物ではない。
    • FGAは様々な物体表面や除染廃液(患者や初期対応者除染過程で発生)に極めて長期間残存する可能性がある。この様な物体や液体を扱う職員には、そのリスクを知らせ適切なPPEを支給する必要がある。
    • 本管理計画は、原因物質の特異的な回収および除染方法、担当者を明確に示すべきである。担当者は、FGAの危険性や効果的な除染方法に精通し適切なPPEを備えなければならない。
    • 廃棄物は、通常の廃棄物処理に当たる職員が取り扱う前に除染すべきである。
    • 汚染物質の中には焼却が最善と判定される場合がある。当該地域の規則等を確認して処理する必要がある。
    • 廃棄方法に関しては専門家に相談すること。

    本指針(仮訳版)は、平成31年度厚生労働行政推進調査事業費補助金(厚生労働科学特別研究事業)「2020年オリンピック・パラリンピック東京大会等に向けた包括的なCBRNEテロ対応能力構築のための研究」(研究代表者 小井土 雄一、研究分担者:水谷 太郎)における化学テロの医療対応の情報提供のあり方に関する実証研究の一環で作成されたものです。

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