保健医療科学 公衆衛生分野での観察研究による新たなアプローチ ―データベース研究によるエビデンスの創出に向けて―

『保健医療科学』 2023 第72巻 第4号 p.283(2023年10月)
特集 : 公衆衛生分野での観察研究による新たなアプローチ ―データベース研究によるエビデンスの創出に向けて―

<巻頭言>

公衆衛生分野での観察研究による新たなアプローチ ―データベース研究によるエビデンスの創出に向けて―

土井麻理子
国立保健医療科学院疫学・統計研究部

A novel approach in public health: Evidence generation through database-driven observational studies

DOI Mariko
Department of Epidemiology and Biostatistics, National Institute of Public Health

 Evidence-Based Medicine(EBM)は,医療における臨床判断や医療政策の決定等において,最新かつ最善の証拠(エビデンス)を尊重し活用する手法である.EBMは,エビデンスが階層化されており,ランダム化比較試験(RCT),RCT以外の介入試験,コホート研究,症例対照研究,症例報告などの研究デザインが,エビデンスの質と信頼性に従って分類されている.エビデンスの階層の上位に位置する介入試験は,特定の介入(治療や健康指導等)がアウトカムに与える影響を評価するための研究デザインであり,その代表例がランダム化比較試験(Randomized Controlled Trial,RCT)である.RCTは,介入をランダムに割り付けることで,介入効果の因果関係をより確実に評価することが可能である.加えて,RCTはバイアスを最小限に抑え,因果関係の推論や介入効果の評価において内的妥当性が高い手法であり,因果関係を推論するゴールドスタンダードと言われている.一方で,厳格な適格基準による患者選択が行われることや高コストなどの問題点,また参加者を強制的に割付ける点,さらには対照群へプラセボ介入を行うケース等の倫理的な問題に加えて,限られた実施機関で厳密な制御下で実施されることから,実際の臨床現場への適用との乖離,つまり一般化可能性が低いという課題についても指摘されている.レジストリなどの観察研究の対象患者は,日常診療で遭遇する患者集団に近いことから一般化可能性が強化されることに加え,RCTと比較して人件費や試験のオペレーション全般にかかる維持費も一般的に低コストであるという利点を有する.
近年,蓄積されたデータを解析することで医療や健康状況等に関する新しい知見を得,その結果を診療や保健事業,政策へ反映を図るデータベース研究が盛んに行われている.これらのデータベース研究については,診療報酬(レセプト)からの 2 次データや,診療情報・医療情報(電子カルテ),疾患レジストリ,または既存のコホート研究のデータ等を利用するものに類別され,これらを総称してリアルワールドデータという名称で呼ばれることもある.昨今,リアルワールドデータを扱う為の研究デザインとしてデータベース研究の方法論が発展しつつある.データベース研究は制御された状態ではない,現実の臨床設定や状況から新たな知見を獲得する重要な手段としてその存在を高めている.
本特集号ではデータベース研究を蓄積されたデータを用いて行う観察研究として,公衆衛生分野を対象とし幅広く紹介することを目的とする.データベース研究についてはこれまでにも学会等を通して広く紹介されているが,本特集号は,個別のデータベース研究の実際,研究のデザインや経緯,特徴に加え,運用継続に対する工夫や課題,データ入手を含む実際の手順やデータハンドリングや取扱いの注意点,コーディング,データの質の担保等についても紹介することを主眼とした.本特集号により,データベース研究について読者の理解を深めることに加え,運用に関する取り組みや工夫はデータベース研究に限らず広く読者の参考になることを期待する.

公衆衛生分野での観察研究による新たなアプローチ ―データベース研究によるエビデンスの創出に向けて―

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