No.129 バリ島観光旅行ツアー帰国者におけるコレラ患者の爆発的発生

[ 詳細報告 ]
分野名:細菌性感染症
登録日:2016/03/17
最終更新日:2016/05/26
衛研名:大阪府立公衆衛生研究所
発生地域:37都道府県
事例発生日:1995年2月
事例終息日:1995年3月
発生規模:
患者被害報告数:296名
死亡者数:0名
原因物質:コレラ菌(エルトール・小川型)
キーワード:輸入感染症、コレラ、集団発生、バリ島

背景:
インドのガンジス川デルタ地帯に起源をもつ、アジアコレラは19世紀に6回にわたり世界流行(パンデミー)を繰り返してきた。わが国にも波及し文政、安政から明治にかけて流行を繰り返し、1879年(明治)には16万人の患者発生があり死者10万人を数えた。これとは異なり、インドネシアのスラウェシ(旧セレベス)島に限局して発生していたエルトールコレラが、1961年以来東南アジア諸国に広がり、さらに中近東からアフリカ、韓国、ロシア、南太平洋の島まで蔓延し、アジアコレラの本拠地であるインドにおいてもエルトールコレラが席捲するようになった。
この第7次コレラ・パンデミーは現在も終息せず、30ケ国以上で約6万人の患者発生が見られている。
わが国においてもエルトールコレラがしばしば侵入したが流行は起こらなかった。しかし、1977年に和歌山県有田市で99名の集団発生が発生して以来、海外旅行者による輸入例が続発し、渡航歴のない国内発生例も相次いで発生するようになった。また、1978年には輸入エビが原因と推定される文化センターの給食による48名の1都9県にまたがる集団発生、1989年には名古屋市のレストランでの食事が原因で44名の8都府県にわたる集団発生がみられ、横浜鶴見川をはじめ各地の河川からコレラ菌が検出される状態が続いた。

概要:
わが国におけるコレラ発生事例数は、1991年102(輸入例71)、1992年52(49)、1993年102(87)、1994年114(90)であったが、1995年には372件(340)と急激に増加した。このうち、インドネシアからの輸入例は、1985年20名、1991年39名、1992年8名、1993年16名、1994年25名と毎年頻発していたが、1995年にはバリ島観光旅行者に爆発的なコレラ患者発生(296名)がみられた。
患者発生は同年2月~3月の2ヶ月間に259名と集中的にみられ、37都道府県に及んだ。
また、同時期にオーストラリアでもバリ島で罹患した3名の患者発生が報告されており、バリ島におけるコレラの潜在流行が窺われた。このため厚生省は、インドネシア政府の「バリ州においては過去6ヶ月間コレラの発生は報告されていない」との公式見解があったが、同地における連続多発であるとの見解を発表し、同地への旅行を自粛するよう勧告した。
その後バリ島帰国者コレラは、4月1例、5月1例と急速に減少し、6月9例、7月19例、8月5例と再増加の傾向をみせたが、9月以降は1例のみと一応の終息をみた。
1995年に発生したコレラ症例は総数72例であったが、輸入症例が341例(真性277、保菌者18、疑似患者43)で全体の91.7%を占めており、残りは海外渡航歴のない症例(8.3%)であった。また、バリ島帰国者における感染例は296例(真性244、保菌者18、疑似患者46)で、輸入症例の86.8%を占め、発生地域は38都道府県におよび、わが国のコレラ症例はバリ島帰国者コレラの一色に染められた感があった。

原因究明:

診断:

地研の対応:
真性コレラ患者およびコレラ保菌者の決定には、検出されたコレラ菌を同定し、コレラ毒素産生性を確認する必要がある。この確認作業は検疫所および各地研の業務である。この最終同定結果を受けて、行政(都道府県、政令市)の衛生部門が、報道対応、患者の収容、患者の接触者・同行者調査を実施している。
したがって、コレラ発生時の地研と行政機関との連携は下記の通りである。
1) 初発患者が検疫所で発見された場合:検疫所および厚生省から自治体衛生行政部門(以下、自治体衛生部等)に通報が届き、患者または保菌者が収容されるとともに、保健所で同行者調査と検便検査が実施される。この情報は同時に自治体衛生部等から地研にも届けられる。検査で検出された菌株は、地研に送付される。地研の成績を待って行政措置が実施される。
2) 初発患者が管轄区域にある医療機関で発見された場合:当該患者または保菌者から検出された菌株は、発生状況とともに行政ルートを通じて地研に送付される。地研の成績は、依頼主である医療機関に報告されると同時に、保健所および自治体衛生部等に報告され、行政措置が実施される。
3) 外国からの帰国者で検疫所が発行する検疫イエローカードまたは指示書を持参して、医療機関または保健所等で検査を受けた者から発見された場合:検疫所から自治体衛生部等に連絡される。以後は2)のケースと同様に対応される。
また、上記以外に地研が実施する業務は、患者情報、検査情報、疑似患者(臨床的にはコレラを疑えるが、コレラ菌が検出されないケース)に関する情報を整理・解析して、管轄地域における常時監視に役立つデータを提供することが挙げられる。
1995年にわが国で発生したコレラ症例のうち、検疫所で発見された症例はわずかに18.3%(68例)にすぎず、輸入症例の19.9%、バリ島旅行者に発生した症例に限定しても21.3%であった。
したがって、コレラ発生とわが国における蔓延防止に関する対応は、検疫所における限界を補う意味から、地研を中心とする自治体の連携が重要となった。また、海外旅行団体の参加者は、単一自治体の住民とは限らず、複数の都道府県あるいは政令市の住民で構成されるケースも多く、バリ島コレラ事件でも23件発生している。
この様な旅行者団体における患者発生時には、行政管轄の異なる患者の相互関係を早急に感知し、各事件の全貌、事件間の相互関係を捉える必要があり、そのため地研-行政、地研-地研、地研-国立感染研、厚生省-自治体行政、自治体行政相互の緻密な連絡網を活用した調査が効果を発揮する。
バリ島帰国者コレラ事例には、上記のシステムによる連携作業がスムーズに運用され、効果を発揮した。

行政の対応:

地研間の連携:

国及び国研等との連携:

事例の教訓・反省:

現在の状況:

今後の課題:
国際協力体制の必要性
地研、感染研および検疫所における解析を総合すると、バリ島コレラ事件で検出されたコレラ菌はいずれも、生物型:エルトール、血清型:小川型、SM耐性、プロファージ型:セレベス型で一致していた。また、PFGE解析のパターンは類似しており、ほぼ同一の流行株による感染と考えられた。
この事件では、厚生省・外務省からの問い合わせについて、バリ州およびインドネシア政府の有効な協力が得られておらず、原因究明の調査に大きな障害を来した。
そのため、詳細な調査が不可能な事態を招き、宿泊先や食事、食材等の共通点は見いだされず、感染源を特定するには至らなかった。
現在、わが国の海外渡航者数は世界一であり、観光旅行を中心とした海外旅行ブームは今後も後退することは考え難い。したがって、コレラに限らず、新興・再興感染症が旅行者によって国内に持込まれる機会は今後も増大することは容易に想定される。わが国における感染症対策の観点から、国際的な協力・連携体制の早急な確立が求められる。

問題点:

関連資料:
1) 検疫業務管理室長:インドネシア(バリ島)旅行者からのコレラ発生について,衛検第46号(平成7年2月14日)
2) 検疫業務管理室長:バリ島旅行者のコレラ感染調査について,衛検第62号(平成7年2月24日)
3) 国立予防衛生研究所・厚生省保健医療局エイズ結核感染症課:<特集>コレラ 1994~1995年,病原微生物検出情報,Vol.17, (No.4), 1-2(1996)
4) 厚生省保健医療局エイズ結核感染症課:<情報>1995(平成7)年国内におけるコレラ発生状況(1995年12月28日現在),病原微生物検出情報,Vol.17, (No.4), 7-11(1996)
5) 矢野周作,他9名:1995年関西空港検疫所においてバリ島旅行者から分離されたVibrio cholerae O1の疫学的解析,検疫所業務年報,平成8年, 183-185(1996)