No.131 V. Cholerae O6による集団下痢症の発生

[ 詳細報告 ]
分野名:細菌性感染症
登録日:2016/03/17
最終更新日:2016/05/26
衛研名:長野県衛生公害研究所
発生地域:長野県(軽井沢町)
事例発生日:1978年
事例終息日:
発生規模:
患者被害報告数:18名
死亡者数:0名
原因物質:V. Cholerae O6
キーワード:V. Choleraenon-O1、食中毒、集団発生、細胞毒

背景:
NCV(Non-choleravibrio)あるいはNAG(Non-agglutinable)ビブリオと呼ばれているコレラ菌(V. Cholerae O1)以外のV. Choleraeは、おもにコレラ流行地において下痢症患者から単独に、あるいはコレラ菌と共に分離される場合が多い。
わが国におけるNAGビブリオによる下痢症は、以前は東南アジア及びインドからの帰国者に限られていたが、近年では海外渡航歴の全くない下痢患者からもしばしば本菌が分離されるようになってきた。しかし、それらはいずれも散発例であったのに対し、1978年、長野県軽井沢町においてわが国では初めてと思われるNAGビブリオによる集団下痢症が発生した。

概要:
NAGビブリオによる下痢症は、散発例に限られていたが1978年7月長野県軽井沢町において日本で初めてと思われる集団下痢症が発生し、その原因食として刺身が推定された。患者数は18名で、臨床症状は腹痛、水様下痢(1~6回)、発熱(37.1~37.8(I_C)を主徴とし、約半数に嘔吐、悪寒も見られたが、コレラ様下痢というよりもむしろ急性胃腸炎であった。分離菌株の生化学的性状はすべてV. Choleraeの定義に一致した。マンノースは非発酵、血清型はすべてO6であった。
分離株の腸管起病性について検討し、腸管ループテストでは生菌及び培養濾液とも陽性反応が得られ、腸管起病性が示唆された。培養濾液のY1細胞に対する反応では供試株全株がCPEを示し、ある種の細胞毒の産出が示唆されたが、この反応はコレラ抗毒素では中和されなかった。モルモット皮膚テストでは出血または出血を伴う青斑が認められたが、この反応もコレラ毒素で免疫したモルモットでも明らかに認められた。以上のことは分離株がコレラ毒素とは異なるある種の細胞毒を産出していることを示している。

原因究明:
下痢便の検査を患者9名について行ったところ、いずれからも既知食中毒原因菌は分離されなかったが、8名からTCBS寒天及び血液寒天の直接培養でV. Cholerae O6が検出された。また30日の夕食からからは既知食中毒原因菌は分離されなかったが、刺身およびローストチキンから食塩ポリミキシンブイヨン増菌培養によってV. Cholerae O6が検出された。ローストチキンからのV. Cholerae O6の検出は調理後、刺身からの二次汚染によるものと推測され、この事例の感染源は刺身と考えられた。

診断:

地研の対応:
原因菌の分離を行い、性状を検討すると共に、分離菌株の腸管起病性を検討した。分離した菌株の生化学的性状はすべて同一で、V. Choleraeの定義(Hugh & Sakazaki)に一致した。
マンノースはいずれの菌株によっても発酵されなかった。血清型は、分離株はすべて血清型6に該当した。
分離菌株の腸管ループテストでは生菌では供試菌の全株で血液を混入した漿液の貯留、腸管の充出血など強度の陽性反応が得られ、また培養濾液でもその反応の強さは生菌に劣ったとはいえ、陽性と認められる所見を呈した。培養濾液のY1細胞に対する反応では供試株全株がCPEを示し、ある種の細胞毒の産出が示唆されたが、この反応はコレラ抗毒素では中和されなかった。モルモット皮膚テストでは出血(直径7~8mm)または出血を伴う青斑(直径10~11mm)が認められたが、出血反応はコレラ毒素で免疫したモルモットの皮膚テストでも明らかに認められた。以上のことから分離株が腸管病原性をもち、かつコレラ毒素とは異なるある種の細胞毒を産出していると推定された。

行政の対応:
1978年7月31日軽井沢町K病院から同町K荘宿泊客12名を食中毒の疑い患者として治療中との届出を受け、保健所では7月30日の夕食などの摂食状況、発病時間及び症状等の調査を行った。検査材料は、患者9名及び従業員32名の糞便ならびに検食として冷蔵保存してあった30日の夕食である。また付近の河川水、底泥を採取して病原菌検索に協力した。

地研間の連携:
特別に記することなし。

国及び国研等との連携:
この調査は、国立予防衛生研究所との連携によってなされた。

事例の教訓・反省:
近年は海外渡航歴の有無に関係なくNAGビブリオによる下痢症が発生しており、また、ここに報告したような集団下痢症も起こりうるので、下痢症の日常検査にはNAGビブリオの検査も含める必要がある。

現在の状況:
当時担当した者が異動しており、現在の状況は不明である。

今後の課題:
この「健康被害まとめ」のために、この事件を調査したが、当時担当したものが異動しており、担当部署ではまとめができなかった。このため、今後地研でこのような健康被害事件に対応できるようにするために、技術・知識を保有するベテランの確保、若い技術者の育成だけでなく、過去に培った事例の教訓反省をも含めて技術・技能・知識の伝達ができるような組織作りが必要である。

問題点:

関連資料:
1) 「Vibrio cholera Serovar 6によると思われる集団下痢症について」村松紘一ほか、感染症学雑誌 55巻1号、(1981)