No.230 劇症溶連菌感染死

[ 詳細報告 ]
分野名:細菌性感染症
登録日:2016/03/17
最終更新日:2016/05/26
衛研名:千葉県衛生研究所
発生地域:千葉県旭市
事例発生日:1992年
事例終息日:
発生規模:
患者被害報告数:1998年3月現在患者数22名
死亡者数:12名
原因物質:A群レンサ球菌
キーワード:A群レンサ球菌、劇症型A群レンサ球菌感染症、TSLS、PCR、発熱毒素、SPE

背景:
A群レンサ球菌は咽頭炎,扁桃炎,化膿性皮膚炎やしょう紅熱,リウマチ熱等の感染症の原因菌である。しかしながら,近年,しょう紅熱,リウマチ熱等の疾患の報告はほとんどみられなくなり,また,咽頭炎,扁桃炎,化膿性皮膚炎等は臨床症状が比較的軽微なため,A群レンサ球菌感染症はそれ程注目を集める感染症ではなくなっていた。ところが,1992年6月,千葉県旭中央病院の清水らが多臓器不全や軟部組織の壊死等を起こし死亡した患者からA群レンサ球菌を分離,本症を本邦初の劇症型A群レンサ球菌感染症(toxic shock like syndrome: TSLS)として報告して以来,本菌は大きな注目を集めることとなった。本感染症については,欧米では1980年代後半にその報告がみられていたが,本事例によりわが国でも起こりうる感染症であることが明らかとなった。

概要:
初発例の発生概要の一部を清水らの文献(感染症学雑誌,第67巻,236-239)から抜粋する。
1)臨床経過:症例は44歳,事務系公務員の男性で,免疫異常疾患またはアレルギーを含む特記すべき既往歴や家族歴はない。発病約6カ月前に北米西海岸へ旅行を行っている。
1992年6月上旬より咽頭痛および下痢が4日間続いた後,両側下肢,特に右下肢に疼痛が発現し本院を受診した(第1病日)。初診時に両下肢の自発痛および運動痛を訴えたが圧痛を欠き,外見および触診で異常は認められず,知覚および腿反射も正常であった。また足背動脈も良好に触知された。咽頭に発赤を認め37.4℃の発熱を呈したが,その他の呼吸器症状は見られなかった。インドメサジン座薬の投与を受け帰宅したが,痔痛は増悪し,初診7時間後より右下腿および両手掌に皮膚斑が出現したため再診後入院した(第2病日)。
入院時体温は38.4℃,血圧は100/60mmHgで120/分の頻脈であった。右下腿および両手掌に境界明瞭な暗赤紫の皮膚斑を認め,右全班はチアノーゼ状態であった。右下肢全体に熱感を有し,同側下腿の筋は板状に硬化していた。右足背動脈は微弱なから触知可能であり,左下肢には外見上の異常は見られず,また両手掌には疼痛を訴えなかった。
入院後4時間で右下肢の皮膚斑は一部水泡を伴い右ソケイ部へ,また皮膚壊死は右膝にまで拡大し,血圧は80/40mmHgに低下した。乏尿および意識混濁状態となり,同日全身麻酔下に右大腿部切断術を施行した。術直後に左大腿中央より末梢に,右側と同様の皮膚斑および左足関節以下の皮膚壊死が発見され,第3病日に左大腿部切断術を施行したが,同日には両側前腕,両側耳介,鼻尖部,会陰部および右腰部が壊死に陥り,右側腹部に皮膚斑が出現した。
第1回目の術中より血圧低下,頻脈,乏尿および低酸素血症を来たし,また昏睡状態となった。
気管内挿管下に人工呼吸を行い,第2回手術直後より人工透析(HD)を施行した。ドーバミンの持続投与により血圧を保持し,また第2回手術後よりDICが急速に進行したためメシル酸ナファモスタートを投与した。第2病日よりアンピシリン(ABPC)3g/日を主体とした抗生剤を投与したが反応は不良であった。皮膚斑およびチアノーゼの進行は第3病日で停止したが,第4病日に突然両側瞳孔が散大となり対光反射も喪失し,脳波平坦化,脳幹反応消失状態となった。また第5病日より血圧低下が著明となり,第13病日に死亡した。
現在までにわが国では100例を越す劇症型A群レンサ球菌感染症が報告されており,中でも千葉県は1998年3月現在22例と最も多くの患者が確認され,うち12名が死亡している。

原因究明:
劇症型A群レンサ球菌感染症の病原因子等については,いまだ不明な点が多い。以下に今までに実施してきた調査の概要を記す。
1)劇症型A群レンサ球菌感染症由来株のT血清型
劇症型A群レンサ球菌感染症由来株のT型は比較的多彩(千葉県では9種)であるが,T1型,T3型が多いといわれている。実際,千葉県でも22例中T3型が8例(36.4%),T1が4例(18.2%)とこの2血清型で約55%を占めている。血清型の推移と劇症型A群レンサ球菌感染症の発生動向との関連をみると,T3による事例は一般臨床由来株におけるT3の分離率が高かった1994年前後に多く発生した。一方,T1による患者は,T1がここ数年の流行菌型であるためもあってか継続的にみられる傾向にある。また,ここ1~2年はT6の流行が認められているが,T6による劇症型の報告が増えつつある。
2)劇症型A群レンサ球菌感染症から分離された菌株の発熱毒素遺伝子の保有状況
一般臨床由来株208株と劇症型由来株22株について発熱毒素遺伝子の保有状況を調査したが,両由来株に差は認められなかった。
3)千葉県におけるA群レンサ球菌のT血清型推移
1994年以降,当研究所でT血清型別を実施したA群レンサ球菌株数は,1994年528株,1995年766株,1996年806株,1997年962株である。
1994年以降のT型を分離率の高い順にみると,1994年はT1(20%),T12(19.7%),T3(18.4%),1995年はT12(36.6%),T28(17.9%),T1(9.7%),1996年はT12(24.4%) T28(18.4%),T1(11.7%),1997年はT1(27.2%),T6(17.2%),T12(15.9%)であった。このように過去4年間の千葉県におけるA群レンサ球菌の血清型推移をみると,T1,T12のように流行菌型として継続して出現する型とT3(1994年18.4%,1995年3.5%,1996年0.2%,1997年0.2%)やT6(1994年0%,1995年0.9%,1996年7.2%,1997年17.2%)のようにその出現頻度が大きく変化する型があることが明らかとなった。

診断:

地研の対応:
本事例から分離されたA群レンサ球菌の血清型および発熱毒素の産生性に関する検査が旭中央病院から当研究所に依頼された。しかしながら,1992年当時,当研究所はA群レンサ球菌に関する検査は実施していなかったため,国立予防衛生研究所を紹介し,さらにその検査は東京都立衛生研究所で実施された。
翌1993年になり,旭中央病院において劇症型A群レンサ球菌感染症による死亡者が相次いだため,当研究所でも早急に対策を講じることとし,劇症型A群レンサ球菌由来株のT血清型および発熱毒素(SPE)遺伝子の保有状況調査を実施,情報を速やかに旭中央病院に還元した。同時に,千葉県衛生部では“劇症A群レンサ球菌感染症対策について”の通知を各保健所,千葉県医師会に行い,県内で発生した劇症型A群レンサ球菌感染症の情報提供と菌株の送付を要請した。それらの分析について当研究所が行うこととした。また,千葉県内の4病院を定点とし,A群レンサ球菌のT型の推移についての調査も開始した。この調査は今日も実施している。

行政の対応:
前述したように,千葉県衛生部は劇症型A群レンサ球菌感染症が多発した平成6年度に各保健所,千葉県医師会等に“劇症A群レンサ球菌感染症対策について”の通知を行い,千葉県内で発生した劇症型A群レンサ球菌感染症に関する情報提供の依頼と菌株の収集を開始した。また,結果の還元を速やかに実施した。

地研間の連携:
衛生微生物協議会溶血レンサ球菌レファレンスシステムセンターが窓口となって,A群レンサ球菌に関する情報交換を実施している。

国及び国研等との連携:
千葉県内で劇症型A群レンサ球菌感染症が多発した平成6年度に厚生省が全国の実態調査を実施し,その一部を当研究所が担当した。また,衛生微生物協議会溶血レンサ球菌レファレンスシステムセンターの全国センターである国立感染症研究所に劇症型A群レンサ球菌感染症患者の情報と菌株を送付し,全国規模での本症の病原因子等の解明を行っている。

事例の教訓・反省:
A群レンサ球菌に関する情報を還元できる体制ができたことにより,千葉県内の医療機関からの劇症型を含むA群レンサ球菌感染症に関する情報が速やかに入手可能となった。今後ともこの体制を育てていきたいと考えている。

現在の状況:
千葉県では平成10年3月と4月に各1例本症が発生し,1名は死亡している。本感染症については未だ不明な点が多く,治療面での進歩はみられるものの,予防対策をとれない状況である。

今後の課題:
現在日本ではA群レンサ球菌の血清型別法として,主としてT型別が行われている。しかし感染免疫の面からはM型別が重要といわれている。
今後,
1) M型別用血清による血清型別法のを一般化
2) 本症の発生と感染防御抗体等の関連
3) 劇症型A群レンサ球菌感染症の報告の義務化および情報収集の一元化
4) これらの調査費の予算化等が必要であろう。

問題点:

関連資料:
劇症型A群レンサ球菌感染症,近代出版(1997)