No.1228 シジミ醤油漬を原因とするノロウイルス食中毒事例

[ 詳細報告 ]
分野名:ウィルス性食中毒
登録日:2016/03/08
最終更新日:2016/05/27
衛研名:千葉市環境保健研究所
発生地域:千葉市
事例発生日:2005年4月8日
事例終息日:2005年4月12日
発生規模:患者数6名、死亡者数0名
患者被害報告数:
死亡者数:
原因物質:ノロウイルスGIおよびG II
キーワード:ノロウイルスGI、ノロウイルスG II、遺伝子型、シジミ醤油漬、食中毒

背景:
千葉市内の飲食店を原因施設とする本事例は、患者が喫食したものと同一ロットの食材が保存されていたため、原因食品を特定することができた稀な事例であり、患者便とシジミ醤油漬からノロウイルスG IとG II遺伝子がそれぞれ検出されたことから、シジミ醤油漬を原因とする食中毒と断定された。
そこで、患者便とシジミ醤油漬から検出されたノロウイルス(NV)の塩基配列について解析を行ったところ、本事例はシジミに混在した多様な遺伝子型のNVにより発生したことを裏付けることができた。

概要:
2005年4月7日に千葉市内の飲食店を利用した2家族6名が、8日から下痢、嘔吐、発熱等の消化器症状を呈し、4月13日に患者を診察した医師から保健所へ食中毒の届出があった。調査の結果、患者6名のうち5名がシジミ醤油漬を喫食していた。患者6名のうち5名は4月8日から9日にかけて発症していたが、残りの1名(シジミ醤油漬の喫食歴なし)の発症は4月12日であった。また、原因施設の調理従事者2名の発症はなかった。
リアルタイムPCRにより、全ての患者便からNV遺伝子が検出された。また、従事者便2名からもNV遺伝子が検出された。シジミ中腸腺(シジミ醤油漬)からは、NVGI遺伝子とNVG II遺伝子が検出された。
RT-PCRにより検出されたNVの塩基配列を解析した結果、患者由来16株とシジミ由来8株は多様な遺伝子型であることが明らかとなり、そのうち患者とシジミ由来株の塩基配列が一致したものは8株であった。このことから、本事例はシジミの中腸腺に蓄積された多様な遺伝子型のNVにより発生した食中毒であることが裏付けられた。
なお、シジミ醤油漬の喫食歴がない患者1名からもNV遺伝子が検出されたが、発症日が他の患者と比べて3~4日遅かったことから、家族内での二次感染であると考えられた。さらに、従事者便2名からもNV遺伝子が検出されたが、これらは患者由来株とシジミ由来株に存在しない遺伝子型であったことから、調理従事者を介した食品汚染により発生した食中毒の可能性は低いと考えられた。

原因究明:
RT-PCRでNV遺伝子が検出された検体について、ダイレクトシークエンスを行った結果、患者便由来のGI、GII、およびシジミ由来のGIとGIIについては、塩基配列の決定にサブクローニングを必要とするものが存在した。結果的にGIで13株(患者由来8株、従事者由来1株、シジミ由来4株)、およびGIIで13株(患者由来8株、従事者由来1株、シジミ由来4株)の合計26株の塩基配列が決定され、GIで8種類、GIIでは6種類の遺伝子型に分類された(シジミ中腸腺にはG IとG IIで合計8種類の遺伝子型が存在)。これらの遺伝子型のうち、GI/2に分類された患者由来2株とシジミ由来1株、GII/3に分類された患者由来1株とシジミ由来1株、およびG II/14に分類された患者由来5株とシジミ由来1株の塩基配列が完全に一致した。
以上のことから、本事例はシジミの中腸腺に蓄積された多様な遺伝子型のNVにより発生した典型的な食中毒であると考えられた。

診断:
リアルタイムPCRにより、全ての患者便から3.1×104~5.9×108copy/gのNV遺伝子が検出された。また、従事者便2名からも2.7×105~2.0×106copy/gのNV遺伝子が検出された。
一方、シジミ中腸腺からは、3.9×103copy/gのNVGI遺伝子と1.3×104copy/gのNVG II遺伝子が検出され、シジミが高濃度のNVに汚染されていたことが示唆された。

地研の対応:
保健所が採取した患者6名の糞便、市内医療機関から搬入された採取日の異なる同一患者(患者6名のうちの1名)の糞便、調理従事者2名の糞便、及び患者が喫食したものと同一ロットのシジミ醤油漬の合計10検体についてウイルス検査を実施した。

行政の対応:
病因物質を特定した後、千葉市保健所は、原因施設を3日間の営業停止とし、その間、施設の改善指導(清掃消毒等)、および従業員の衛生教育を実施した。
なお、検査に供するために採取した「醤油漬け」のみが保存されており、他の「醤油漬け」残品はなかった。

地研間の連携:
なし

国及び国研等との連携:
なし

事例の教訓・反省:
本事例では、リアルタイムPCRにより患者便とシジミ醤油漬からNVGIとNVG II遺伝子が検出されたが、RT-PCRによる増幅産物の塩基配列の解析においてサブクローニングを必要とする検体があり、行政検査の初動時において検出された全てのNVの遺伝子型を決定することは出来なかった。しかしながら、「リアルタイムPCRによりNV遺伝子が検出されたが、遺伝子配列の決定が出来ない検体が多い場合」は、その原因として二枚貝の喫食が関与している可能性が高いと考えることもできる。このことから、様々な流行形態や伝搬経路を持つNVの行政検査初動時には、リアルタイムPCRとRT-PCRによる増幅産物の配列解析を効果的に運用する必要性があると考えられた。

現在の状況:
現在のところ、技術および設備等について問題はないと考えられる。

今後の課題:
原因食品であるシジミ醤油漬は、シジミの風味を損なわないために貝の口が開く程度の最小限の加熱しか実施していなかったことから、シジミ中腸腺に存在するノロウイルスを完全に失活させることができなかったものと考えられた。従って、今回のような食中毒を防止するためには、ノロウイルス対策に関する知識、および食品の衛生管理意識をより一層高めることが重要であると考えられた。
一方、行政検査の効率化を図る上で、NVの特性および疫学調査結果を踏まえた原因食品の絞込みが重要であるが、この点については今後、行政サイドと連携する必要性がある。

問題点:

関連資料:
1) 片山和彦:ノロウイルス感染症,感染症週報(IDWR)6(11):14-19,2004
2) Tsutomu Kageyama, Michiyo Shinohara, Kazue Uchida, Shuetsu Fukushi, Fuminori B.Hoshino, Shigeyuki Kojima, Reiko Takai, Tomoichiro Oka, Naokazu Takeda and Kazuhiko Katayama: Coexistence of Multiple Genotypes, Including Newly Identified Genotypes, in Outbreaks of Gastroenteritis Due to Norovirus in Japan, J. Clin. Microbiol. 42:2988-2995,2004
3) Tsutomu Kageyama, Shigeyuki Kojima, Michiyo Shinohara, Kazue Uchida, Shuetsu Fukushi, Fuminori B. Hoshino, Naokazu Takeda and Kazuhiko Katayama: Broadly Reactive and Highly Sensitive Assay for Norwalk-Like Viruses Based on Real-Time Quantitative Reverse Transcription-PCR, J. Clin. Microbiol. 41:1548-1557, 2003
4) ノロウイルスの検出法について,平成15年11月5日食安監発第1105001号,厚生労働省医薬局食品保健部監視安全課長通知
5) 斉藤藤博之,原田誠三郎,佐藤宏康:ノーウォーク様ウイルス(NLV)の検査における一本鎖高次構造多型(SSCP)解析の応用,臨床とウイルス30:163-171,2002
6) 古田敏彦,秋山美穂,加藤由美子,西尾治:ノロウイルス(ノーウォーク様ウイルス)とA型肝炎ウイルスに汚染されたウチムラサキ貝による食中毒事例,感染症誌77:89-94,2003