No.1598 保育園における風しんの集団発生

[ 詳細報告 ]
分野名:ウィルス性感染症
登録日:2016/03/08
最終更新日:2016/05/27
衛研名:島根県保健環境科学研究所
発生地域:島根県雲南市
事例発生日:2013年4月2日
事例終息日:2013年6月6日
発生規模:
患者被害報告数:24名
死亡者数:0名
原因物質:風しんウイルス
キーワード:風しんウイルス、集団発生、MRワクチン効果

背景:
2012年夏に首都圏を中心に始まった風しんの流行は2013年にはいり、全国的な患者発生となった。島根県でも2月に県西部で1例(成人)の患者報告があり、その後も散発的な患者発生が認められていた。当所では県内で発生のあった風しんあるいは麻しん(疑い例を含む)についてRT-PCRによるウイルス遺伝子検査を実施していた。

概要:
典型的な風疹に罹患した父親から感染し、2013年4月2日に発病したMRワクチン接種歴のない1歳男児を発端に、保育園の1歳児クラスを中心に感染が拡大し、24名(園児16名、保育園職員1名、家族7名)の風しんウイルス感染発症者と不顕性感染者6名(全員園児)の合計30名の風しんウイルス感染者が発生した。発症者16名のうち、12名がMRワクチンを1回接種しており、多くは発症直後からHI抗体価が高値であったことからワクチン接種による抗体は獲得していたものと推測された。また、これら発症園児の臨床症状は4名が典型的な風疹症状であったが、12名は発疹のみか、発熱と体の一部のみの発疹で非典型的な症状であった。なお、6月6日発病の2症例を最後に、最大潜伏期の2倍にあたる6週間以上新たな発生がなく終息が確認された。
本事例では少なくとも5次感染まで確認され、ワクチン歴の有無、症状の軽重・有無に
関係なく2次感染を引き起こすことが確認された。
さらに保育園での1歳児という濃厚接触が常態となっている環境ではMRワクチン1回接種では感染防御効果に限界があった可能性が示唆された。

原因究明:
患者の風しん抗体測定結果、園内外のMRワクチン既接種児(1期)の風しんおよび麻しん抗体陽性率から園児に接種されたMRワクチンは良好なものであったと考えられた。複数の患者由来風しんウイルスのE1遺伝子解析結果から集団発生の原因となった風しんウイルスの遺伝子型は2B型で、同時期、県内あるいは全国的に流行していた2B型と塩基配列は一致しており、ワクチンの効かない変異ウイルスが原因であった可能性はほとんどない。
患者発生の多かった1歳児の行動についてみると、口に入れた玩具の共有・他の園児に噛みつく等の行動がしばしば観察され、このような園児間の濃厚接触による風しんウイルスの大量曝露が感染伝播の継続の大きな要因であろうと推測された。

診断:
患者検体(咽頭ぬぐい液、血液、尿)からの風しんウイルス遺伝子の検出はNS領域を標的としたRT-PCRを実施。
患者由来風しんウイルスE1遺伝子の塩基配列の系統樹解析による遺伝子型別・分子疫学的解析。
患者およびワクチン既接種幼児の風しんHI抗体、風しん特異IgM抗体・IgG抗体、麻しんPA抗体の測定。

地研の対応:
確定診断のため、風しんと診断された患者検体からの風しんウイルス遺伝子の検出、急性期、回復期の風しん抗体検査(HI抗体価、ELISA法によるIgM抗体・IgG抗体)を実施。保育園内での感染者(不顕性感染者)の把握、MRワクチンの効果の把握のため、ワクチン接種者のうち、保護者の同意が得られた園児から採血をし、風しんHI抗体価およびELISA法によるIgM抗体・IgG抗体、麻しんPA抗体価を測定。MRワクチンの効果の把握のため、同一地域の園外の幼児から採血し、風しんHI抗体価、麻しんPA抗体価を測定。

行政の対応:
保育園児に風しん患者(初発例:発病4月2日)が確認されたことを受け、管轄保健所は患者の行動調査および保育園児のMRワクチン接種状況、保育園職員および保護者での妊婦の有無などの調査を行うとともに、保育園に対し、保護者への風しん発生に関する注意喚起の資料の発出、園児の詳細な健康観察を指導した。
初発例の発生から約2週間後の4月16日、同一クラスのMRワクチン接種歴のある園児3名が風しん疑いと診断され、RT-PCRで風しん遺伝子が陽性、さらに2週間後の4月30日に他のクラスのMRワクチン接種歴のある園児2名が発症、RT-PCR陽性となり、地域の医療関係者からMRワクチンの効果に対する懸念も寄せられた。このような状況を受けて島根県健康福祉部は国立感染症研究所にFETPの派遣要請をし、FETPの助言の下、保健所を中心に当該保育園の風しん集団発生事例について積極的症例探査、症例の情報収集・感染性評価、ワクチンの有効性、CRS発生リスクの評価等の疫学調査を実施した。
FETPの派遣要請を行った5月以降、関係機関(FETP、管轄保健所、主管課、島根県保健環境科学研究所)合同の検討会、報告会を3回、さらに保育園の所在市関係者、医師会等への最終的な調査報告説明会を開催した。

地研間の連携:
流行状況や流行株、ワクチン既接種者における風しん罹患例に関する情報交換

国及び国研等との連携:
FETPの協力による保育園での疫学調査感染研ウイルス第三部風しん室でのリアルタイムRT-PCRによる患者検体中の風しんウイルスコピー数の定量

事例の教訓・反省:
本事例はワクチン歴のない園児の風しん罹患による保育園への風しんウイルスの持ち込みが園内での流行の端緒であるが、この園児の感染源は父親(3/13風疹症状あり、検査診断はできず)と考えられた。保育園で一旦風しんが流行するとワクチンを接種していてもその制御は困難であることから、園児の親、家族等周囲の人たちがワクチン接種をして風しん自体の発生を予防することが重要である。
また、ワクチン既接種児が感染・発症した場合、非典型的症状を呈する場合があることを念頭に風しんの可能性を考え、RT-PCR検査を実施し、風しん感染の有無を明らかにすることが必要と考える。

現在の状況:
本事例の終息後、6月13日に本事例の保育園と同一地域の別の保育園児が風しんに罹患したが単発例で終わった。また、県内では7月に他の地域で散発的な風しん患者の発生はあったもののそれ以降患者発生は認められていない。

今後の課題:
風しんが発生した場合、出席停止や学級(学校)閉鎖等の措置がとれない保育園での流行の制御。妊婦を風しんから守る観点から、子どもに対するワクチン接種だけでなく、その周囲の成人に対する予防接種の実施。

問題点:
現行の風しん発生届は患者の住所・氏名の記載がなく、届出票を受理した保健所が積極的に調査しなければ感染源等の情報が入手できない。
不顕性感染者および非典型例でも感染源になるため、ひとたび流行が起こると制御が困難。病原体検出マニュアルの風しんRT-PCRのうち、E1遺伝子を標的とした系は感度および再現性が低く、検査診断用としては課題がある。

関連資料:
IASR Vol.34 p348-349:2013年11月号