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環境経済学的な検討

厚生経済学的手法の適用可能性

厚生経済学的アプローチの考え方

リスク・ゼロがない状況での意志決定

 ある程度の被曝が避けられない中では、1 人1 人が自分で危険の程度を判断して行動を決めなければならなくなります。受け入れられるリスクレベルが小さくなると、放射線リスクだけでなく、他のリスクでも明確な閾値が示すのは困難となり、どこまでの危険を受け入れるかについての意思決定をしなければなりません。この意志決定は、個人だけでなく、学校や保育園などの公共施設は、児童や生徒にどの程度の安全を提供するかを決めなければならないことから、公共的な性格を持つと考えられます。

公共的な意志決定のための判断支援

 経済学は20 世紀の初めから中頃にかけて、そのような、個人レベルと公共レベルの意思決定をつなぐ理論を発展させました。その成果の一つが、費用便益分析です。この手法は補償原理に則っています。補償原理とは、個人について定義される危険度低減への支払意思額(WTP:willingness to pay) と危険度がある大きさだけ上がることと引き換えに受け取るならば効用が下がらないような最小貨幣額としての受入補償額(WTA: willingness to accept) を公共の意思決定に結びつける理論です。

明白な限界

 しかし、補償がなされることは必ずしも期待できないことから、その限界は明らかです。補償が行われない場合は、いかに効率的な政策でも、特定の集団に費用を押しつける場合には、倫理的に受け入れられません。また、非効率な政策であっても、それを行わないことによって特定集団の大きな負担が解消しない場合には、あえて非効率な政策を行うことが社会的に正当化されうると考えられます。さらに、便益や費用はWTP やWTA として定義されますが、これらの大きさは、個人の支払能力に依存します。つまり、貧富の差が、便益・費用の大きさに大きく影響することから、便益を受ける人や費用を被る人が、豊かさの異なる集団に偏って生じる場合には、効率的な政策がそれ自体非倫理的となりうるでしょう。

 これらは一括して公平性の側面だと考えられます。費用便益分析は効率性を判定する道具ですが、効率性は公平性と対立することがあり、両者を統一的に評価する公共政策評価論は確立していません。要するに、費用便益分析は、公平性の問題が大きい場合には、適用できないという限界をもっています。このことは、20 世紀の半ばにはすべて確立したことであり、今更議論する余地がないと考えられます。

 

厚生経済学的アプローチは役立つのか?

超えられない限界を踏まえて考える

 費用便益分析はその限界を踏まえて適用しなければなりませんが、実際、それは環境政策の分野であまり活用されてきていません。放射線防護の分野では、正当化とか最適化という考え方があり、本来、費用便益分析と親和的であるにもかかわらず、ごく一部を除いてあからさまには適用されてきませんでした。その必要性が人々には感じられていなかったのです。

 しかし、原発事故後の状況では、危険を下げるための費用は無視できない大きさになっており、人々は個人あるいは集団のレベルで実際そのような費用を負担している|避難を強いられたり、農産物の出荷を止められたり、活動を制限されたり、あるいはそれに対して補償したり、補償を間接的に負担したりという形で|が、それは危険レベルの選択において、明示的にではなく、暗黙に考慮されているに過ぎません。この背景には、公平性への配慮などがあると考えられますが、費用が無視できないのなら、もっと明示的に考慮した方が、論理的で一貫性のある意思決定ができるのではないかと、厚生経済学は考えます。

 本研究の目的は、保育や地域保健分野での、放射線防護上の、日常の悩み・課題の解決に役立つ判断の基準を提供することです。個人の意思決定と、規制基準を決めるといった政府の意思決定との間の、どちらかといえば個人の意思決定に近いところです。このアプローチが大きなお世話であるのかそれとも何かを考えることに役立つのか、皆様にご判断いただければと思います。

 

分担研究者

   岡 敏弘 / 福井県立大学経済学部

分担研究報告書

  厚生経済学的アプローチの考え方に関する分担研究報告書(PDF, 61kB)PDF

福島

写真の著作者:村田信一

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